よろず編集後記

よろず編集者を目指す井内千穂のブログです。

御宿に黒沼ユリ子さんのヴァイオリンの家がオープン

2014年1月。紀尾井ホールで開かれた引退リサイタルの舞台でアンコールに応える前にヴァイオリニストの黒沼ユリ子さんは客席に語りかけ、突然宣言した。

「私はこのたび日本に帰ってくることを決意しました」

会場からは驚きのどよめきの後、温かい拍手が沸き起こった。

黒沼さんは、それまで40年以上にわたりメキシコを拠点に活躍してこられた。世界中で演奏活動を続ける傍ら、メキシコで大勢の子ども達にヴァイオリンを教え、教え子の中には今やメキシコを代表するソリストもいる。

私が黒沼さんの著書『メキシコからの手紙』(岩波新書)を読んだのはいつだか思い出せないほど前だが、その頃はまさか実際にお会いすることになろうとは思いもしなかった。2009年4月、インタビューさせていただくことになった時には「あの方にお会いできる!」と胸が高鳴ったものだ。

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それ以来、何度か記事を書かせていただき、お付き合いが続いている。ユリ子さんも、お姉さまで敏腕マネージャーの俊子さんも大好きな女性であり尊敬する大先輩である。

2014年5月、黒沼さんは長年暮らしたメキシコを離れ、千葉県の御宿町に移住されたのだが、なかなか伺えないでいるうちに2年経ってしまった。

先月、俊子さんからご案内が届き、とにもかくにも御宿へ行こう!と決めた。もっと遠いかと思いきや、房総特急わかしおに乗れば、東京駅から1時間20分ほどで着く。小さな静かな駅で降り、メインストリートの「ロペス通り」をまっすぐ歩くと、ほどなく「フリ-ダ・カーロのコヨアカンの青い家のような」とメールに書いてあった通りの鮮やかな青い家が見えてきた。

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 このたび黒沼ユリコさんが作られた「ヴァイオリンの家」であり「日本/メキシコ友好の家」でもある。9月30日、そのオープンを祝う会が開かれた。

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 東京から駆けつけたカルロス・アルマーダ駐日メキシコ大使を迎えてテープカットが行われてめでたくオープン。参加者は床も壁も鮮やかなイエローにペイントされた階段を上がって2階へ。

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 2階には、大小さまざまな人形がずらりと展示されている。ご夫君の故・渡部高揚氏が世界中で集められたもので、すべてヴァイオリンを弾いているというすごいコレクション。ここには300体ほどあるが、まだ全体の3分の1だとか。

さらに階段を上がった3階は、木の床に木の天井が素敵な弦楽器のためのミニホール。40席ほどの小さなコンサートができる。

1609年の9月30日、スペイン領フィリピンの臨時総督の任務を終えたドン・ロドリゴら373名を乗せた帆船サン・フランシスコ号が、メキシコ(当時スペイン領)へ向かう途中、嵐に遭遇し、御宿沖で座礁した。これを見た御宿の人たちは、初めて見る異国の遭難者たちを救出し、献身的に介抱を行った。

「御宿は400年前にメキシコと日本が出会い、交流が始まった場所。そこに小さな交流の拠点としてこの家を作りました」と黒沼さんがご挨拶。

「当時の奇跡のストーリーを現代においても忘れてはならない。子ども達にも語り継ぐべきだ」とアルマーダ大使も応えて述べた。

「1609年の9月30日、まさに今日は暴風雨だったのです。だから、今日も暴風雨が心配でしたが、おかげさまでお天気になりました」と黒沼さんは語り、会場は笑いに包まれた。スピーチの巧さにもいつも感嘆する。

大使ご夫妻のほか、御宿町役場や町議会からも重鎮が出席し、御宿ネットワークのメンバーの方々が、ボランティアとして会場の設営から飲み物・食べ物のサービスまで、和やかにサポートしていた。

ネットワークを代表して挨拶された作家の安藤操氏の言葉が面白い。

「黒沼ユリ子さんは女王様なんです。土地には霊魂が宿っているものですが、黒沼さんは女王として御宿とメキシコの地霊を結びつけ、その接点に立っている不思議な行動力を持った人です。」

それにしても、御宿に移住してまだ2年ばかりの黒沼さんが、町ぐるみ人々を巻き込むパワーは凄い。御宿ネットワークは昨年「この指とまれ!」で立ち上げたそうだが、40人ぐらいからスタートして今は80人ほどのメンバーがいるという。地元の人も首都圏から移住した人も、黒沼さんを核にして集り、知り合い、互いに親しくなり、楽しく活動されているようだ。

この居心地の良い青い家が、これからは週末と祝日に地元の人々が集うコミュニティセンターになり、日本とメキシコという国際交流の場にもなる。もちろん、東京からもぜひお出かけくださいとのことだ。

コンサートだけでなく、メキシコの映画や音楽フィルムなどの上映もやりたいと黒沼さんは述べた。

「そうやってみんなで集まれば、その後でお茶でも飲みながら音楽や映画の感想を話し合ったりできるでしょう。」

立川のアーティスティックスタジオLaLaLaとも相通じるコンセプトで、私は自分がそういう場所にとても惹かれ、ご縁があるのだと改めて感じた。心から尊敬する黒沼ユリ子さん・俊子さん姉妹もそういう場所を作られたのだと思うとますます嬉しくなる。

そんな場所が全国各地にどんどん増えればいいと思う。知らないだけで、実は近所にもあるのかもしれない。探してみよう。なければ、いつか自分で作りたいもんだなあ・・・大きくなくていいのだ。こじんまりと居心地よく、人の温もりが感じられ、老いも若きも集える場所。

ボランティアっていろいろ負担に感じたり、コミュニケーションが難しかったりする場面もあるけれど、「この指とまれ!」で御宿ネットワークに集まってきた、様々な人生経験を経た大人たちが、この素敵な家で和気あいあいとおしゃべりに花を咲かせ、てきぱき動いておられる様子は実に楽しげだった。翌日の一般公開の段取りなど相談しながら、初めて伺った私にも気さくに話しかけてくださる。メキシコ産のコーヒーを淹れてくださったのは、釣り好きが嵩じて御宿に移住したという元プロのコーヒーマンだった。美味しかった!また来ます!!(続く)

(2016年10月1日(土)から一般公開)

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