よろず編集後記

よろず編集者を目指す井内千穂のブログです。

白熱教室2016@東工大『甲状腺検査って・・・どうなんだろう?』

日曜の昼下がり。大岡山の東京工業大学蔵前会館で高校生向けの「白熱教室」が開催された。

テーマは、東日本大震災で起きた福島第一原発の事故を踏まえ、県内の子どもたちの健康を長期的に見守るために福島県が実施している甲状腺(超音波)検査。

私がこの検査について現地の方々の話を聞いたのは、震災から2年近く経った2013年1月に開催されたシンポジウム「生活のことばで科学と社会をつなぐ『ミドルメディア』の必要性―福島県甲状腺検査をめぐるコミュニケーションを題材に」に参加した時だった。

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検査の意義や検査結果を保護者にどう説明するのかというコミュニケーションひとつをとっても微妙な問題だと思ったし、福島の甲状腺がん原発事故の放射線の因果関係をどう見るかも専門家によって意見が異なり、実際のところ何が正しいのかわからない。チェルノブイリ原発事故5年後あたりから子どもの甲状腺がんが多発したように、日本でも多発するのだとしたら時期的にはこれからなのかも知れない。すぐには断定できず、長期の経過観察が必要だろう。

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今回の「白熱教室」でそのような難しく重いテーマを扱うことに関しては主催者側でも議論があったようだが、検査を受けている当事者である福島の高校生と首都圏の中学・高校生が互いの現実を伝え意見を交わす姿からは、見守るギャラリーの大人たちも学ぶことが多かったのではなかろうか。

甲状腺検査の問題は甲状腺検査にとどまらなかった。

福島県浜通りから参加した高校生3人と横浜の中学・高校生9人、そして、ファシリテーター役として東北大学工学部の女子学生が輪になって座る。

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司会の澤田哲生先生の導入後、まずは福島の高校生の話を聞く。

浪江町出身の高校3年センパイ君:

「自分は毎年、甲状腺検査を受けていますが、今年から自分は受けないと言っている友達もいます。首だけを診てもらうためにわざわざ受診するのが面倒で、どうせ検査を受けるなら甲状腺だけでなく他の異常がないかも調べてもらいたいです。それとも甲状腺検査を全員義務ではなく、希望制にするなどにしてその分の予算を除染やその廃棄物の除去など復興に使ってほしいです。」

高校2年マッツン君:
「この夏、チェルノブイリ原発で被害を受けたベラルーシという国に行ってきました。放射線区域の近くまで行って交流して感じたのは、現地で生活している人たちと遠く離れて暮らしている人たちの考え方や情報のギャップがあることです。日本でも福島県内のニュースが震災当初は流れていましたが今は全国で流れていますか?福島県の現状が知られていないのが気になっています。それから教育の問題。自分たちは甲状腺検査のことをほとんど知らないんですよ。学校でも甲状腺放射線について全然教えてもらっていないんです。ベラルーシでは、小学生から週1回放射線の授業があるのに。」

高校2年ヒヨコさん:
福島県内でも意識の差はあると思います。センパイやマッツンは避難区域で今も帰れないけど、私が住んでいるのは茨城に近い市で、ほかの所と比べて線量が低いのであまり気にしていません。でも、このあいだ地震が起きた時には原発のことが心配になりました。震災後、都内で20万人規模の反原発のデモがあったとかいう話が出たけれど、東京の人たちが現地に行かないでニュースで流れる情報だけで判断して、そのイメージが先行したデモは、被災者がさらに風評被害を受けることにもつながります。当事者を置いたまま、よく知らない人たちが行動を起こすのはあまり嬉しくないです。だったら福島に来てもらってちゃんと事実を知ってもらってその上で原発に反対でも賛成でも主張してほしいと思いました。」

このような討論会に参加しようというだけあって、どの子も自分の考えをしっかり語るのにまず感心。それぞれの発言を受けて、横浜の生徒たちが質問や感想や意見を述べる。

「(甲状腺検査が面倒って)自分たちの健康よりも風評被害のほうが心配っていう話にびっくりしました。」

「検査は学校で受けられるんですか?自分から出向かなければいけないんですか?」

今日のテーマである「甲状腺検査」について、その是非を議論する以前に、彼らが検査のことをほとんど知らないという現実が明らかとなる。横浜の生徒たちはもちろん、当事者である福島の高校生でさえ、「なぜこの検査を受けているのか」を知らないとは驚いた。県から甲状腺検査についてパンフレットが配布されているが、ちゃんと読んでみたことがなさそうだ。よくわからないけれど全員義務だから検査を受けているということ。検査を受け始めた時点ではまだ中学生になるかならぬかという年齢だったから無理からぬことなのか・・・

「知らない」ということについて、横浜の女子生徒のしごく正直な発言に妙に共感した。

「私たちはもちろん何も知らないんですけど、私たちが外からの情報で不安になっちゃうことに対して(福島の人が)モヤモヤした感情を持つっていうのは・・・すみません。言いたいことがまとまっていないんですけど・・・どういうことに感情を持っていくというか考えたらいいのか・・・何を知ってほしいのか・・・私は福島のことに対して、原発あぶないなという感情とか、日常生活大丈夫かなっていう心配とか、当事者じゃないほうが大きいのかなと感じているんですけど・・・ああ、ごめんなさい。うまくまとめられないで・・・」

いえいえ、あなたの言いたいことはわかるし、うまくまとまらなくても言おうとした気持ちが切々と伝わってくる。まとまらない発言でもいいのだ。何でも言ってみる。それをバカにせず耳を傾ける空気が生徒たちの輪の中に醸し出されて、それぞれの率直な発言を促していたように思う。

もちろん、このような会に自主的に参加しようとするのはそもそも意識の高い生徒たちであるのは間違いないけれど、「発言しない」とか「議論できない」とされている日本のイマドキの若者たちが一生懸命に話をしている様は建設的で、感動的ですらあった。

何を知ってほしいのか?

センパイが答える。全国の高校生と交流するイベントに参加した時に、今でもフクシマではみなマスクや防護服を着ていると思っている人たちがいて、普通に暮らしているということを全国では知らない人が多いんだなと思ったと。

原発事故前と同じではないけれど、普通に生活しているというのが一番伝えたいことです。」

福島と横浜の生徒たちの「知りたい」「知ってもらいたい」という気持ちがだんだんと噛み合ってくる。

休憩時間中には生徒たちもギャラリーの大人たちも思い思いに質問や意見を付箋に書いて壁に貼るという趣向になっていて、さまざまな言葉が並び、生徒たちの手で分類された。

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おのずといくつかの論点が浮かび上がってくる。

  • 甲状腺検査⇒なぜ受けるのか?わかりやすく説明してほしい。
  • 教育⇒ 放射線のことをちゃんと教えてほしい。
  • 情報発信 ⇒ 福島の現状を正しく知ってもらいたい。

壁に並んだ付箋の中に、「中高生のみなさんは甲状腺がんが170人を超える人から見つかったことを知っていますか?」という書き込みがあった。

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「この質問を書いて下さった方に聞きたいんですけど、その170人というのは何人分の170人かわかりますか?」という女子生徒からの問いかけに対し、それを書いたギャラリーの大人が「それ書いたの私です」と名乗り出て回答。

「県民健康調査で当時18歳以下だった全員である30万人を対象に甲状腺検査を行ったところこの5年間で甲状腺異常が170人出てきたというのが県から出てきた数字です。」

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それに対して福島の高3センパイ君が即座に質問。

「えっと、異常が見つかったということなんですけど、原発事故との因果関係というか、潜在的ながんの可能性だってあると思うんですけど、原発に関することで異常が見つかったということになるのか、その点に関してはどう考えているのかを教えてください。」

「すごいやん。ええ意見や」と背後から感嘆の声が。参加されていた関西の大御所科学者女史のようだ。

今日はそこまでの議論をする設定ではなく、どうやら直に話をして問題意識を共有するところに眼目があるということだったが、次のステップではこのように大人がたじたじとなる「白熱教室」への可能性が感じられた。

少し時間を延長して1時半から4時前までの2時間半。まだまだ話し足りないようだったが、それなりに充実感があったのは、最初から最後まで輪の中で全員参加の話し合いが続いたからだろう。

発表者によるパワポのプレゼンがメインのよくあるパターンの会では、質疑応答の時間はほんの少ししかなくて受け身で聞いている時間が長い。しかも、発表内容が難しくてイマイチ理解できない場合は質問できる気がしなくて終わってしまい、結局あまり主体的な学びにならないことになりがちなのだ。

そうではなくて今日は、人の話を聞いて自分が思ったことを自由に出し合う中から「何をどう考えたらいいのか?」や「もっと深く知りたいこと、もっと話し合いたいこと」をみずから発見するというプロセスだった。もちろん、それなりのファシリテーション(誘導ではなく)は必要だが。

ただ、実際に時間が足りなかったことからもわかるように、今日のセッションは「ブレインストーミング編」であって、本当に「白熱」するのはこれからだ。ギャラリーに聞かせるのは本当はそれからのほうがいいのかもしれない。もっと多くの大人たちにも、ほかの生徒たちにも聞いてもらいたい。と言うか聞きたいし、なんなら自分も発言したくなるだろう。無関心だった生徒たちまで思わず引き込まれるようなセッションだったら。

今日出てきた「甲状腺検査」「放射線教育」「情報発信」について、もっと話し合うのだとしたら、たとえば敢えて意見の異なる専門家を呼んできて、それぞれの見解について中高生が徹底的に質問するというやり方も有効かもしれない。それもプレゼンは抜きで、お互いしっかり事前準備してきた上で最初から最後まで質問攻めの会はどうだろう。どんな質問にもわかりやすく穏やかに答えてくれる大人の専門家の方々にぜひ参加していただきたい。

若者たちは自分の先入観や固定観念に凝り固まらずに人の話を聞くことができる。若者たちは無知を晒すのを怖れない。大人もそういう心を失くさずに向き合いたい。

「次はぜひ福島でやりましょう!」の声で盛り上がって終了。