読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

よろず編集後記

よろず編集者を目指す井内千穂のブログです。

プロの覚悟 ~アマチュア・オーケストラをめぐって③~

このところ、アマチュア・オーケストラのことを書いたり聴いたりしたおかげで、自分の気持ちを再確認し多くの人たちと共有できたのは嬉しいことだった。

一方で改めて感銘を受けたのは、プロの音楽家の道を選ぶ覚悟というものである。

マーラー祝祭オーケストラでヴァイオリンを弾くOさんは、「びっくりするような素晴らしいプロの方々と共演できるチャンスがあるのもこのオケの良いところ」と語った。

www.japantimes.co.jp

今回のソリストはベルリン在住のヴァイオリニスト植村理葉さん。

取材のために練習を聴きに行ったとき、ちょうどコルンゴルトのヴァイオリン協奏曲をやっていた。実は初めて聴く甘美な素敵な曲・・・映画音楽みたいだなと思ったのは逆で、マーラーが「天才だ!」と叫び、10代からプロ作曲家としてウィーンで名声をほしいままにした神童コルンゴルトは、ナチス・ドイツの台頭のためアメリカへの亡命を余儀なくされてから生活のために映画音楽を手がけるようになり、後のハリウッド映画音楽の基礎を築いたということなのだ。たとえば「スターウォーズ」のメインテーマは、コルンゴルトが作曲した1942年の映画「嵐の青春(Kings Row)」にそっくりだというのでYouTubeで聴いてみたら本当にそっくり!(さすがにその古い映画は知らないが、若き日のレーガン大統領が出演していることにもびっくり!)

www.youtube.com

そしてコルンゴルトは、戦後に芸術作品として作曲したヴァイオリン協奏曲にもそれまでの自作の映画音楽をあちこちにちりばめている(転用OKの権利を保有していた由)。

ついでに言うと今年のNHK大河ドラマ「直虎」のテーマ曲もなんとなくコルンゴルトっぽい。ウィーンの伝統がハリウッド映画を通じて現代のテレビドラマなど多くの人に受け容れられる音楽として脈々と流れているのが感じられる。

話がそれたが、2月12日本番のコンチェルトは見事だった。

マーラー祝祭オーケストラ(オフィシャルサイト)

シルバーホワイトの可憐なドレスで現れた植村さんが舞台にすっくと立ち、冒頭からのソロがミューザ川崎のホールいっぱいに響き渡る。ソリストがほとんど弾き続ける構成の協奏曲を全編バリバリ弾き切り歌い切り、超絶技巧も実は歌うためにあったのかと思わせる軽やかさで弾きこなす。特に針の穴に通すような高音域の絶妙感に、ヴァイオリンとはかように良い楽器であったかと久々に思った。練習の時は何度もオケが止まってしまい、指揮者の井上喜惟先生が苦笑いしながら「もう一度」とやり直していた3楽章の速い掛け合いのパッセージも本番はクリア!指揮者とオケとソリストが絶えず聴き合い、アイコンタクトを取りながら、心地よい緊張感あるコラボが繰り広げられ、オケも生き生きしている。アマチュアオケでこんな曲をこんなアーティストと共演できるなんてうらやましい。一回限りのコンサートでアマチュアとプロによる一期一会の幸せな共演を堪能し、全力で曲を牽引しウィーンの美学を表現するアーティスト植村理葉にすっかり魅せられた。

当たり前だが、やっぱりプロはプロだ。あれほどのテクニックは、並外れた才能もさることながら、並々ならぬ努力のたまものだろう。どれほど練習してその技量を維持し、さらに高みを目指すのだろうか。途方もない時間をかけた練習という意味では学生オケもマニアックな努力を惜しまないが、プロの演奏家はそれを仕事として生きていくというところが絶対的に違うのだ。

その前日の京大オケの100周年記念祝賀会で祝祭オーケストラを指揮したのは、奇しくも同期でこの学生オケに在籍し、現在は東京都響の首席フルート奏者を務める寺本義明氏だった。当時、彼は文学部の学生だったが、フルートが抜群に上手くて私などはろくに口もきけなった。のちにコンクールに入賞してプロになったことを知ったときは驚きつつも「やっぱりそれぐらい上手かったんだ」と納得したものだ。あるとき都響を聴きに行ったら確かに彼がフルートのトップを吹いていた。2年ほど前に彼のリサイタルを聴きに行ったこともある。

もちろん、フルートの妙技には毎度感服するわけだが、今回はそれよりも指揮者としての献身ぶりに、何と言うか、音楽家としての魂を感じたのであった。祝賀会前の練習の時には「小っ恥ずかしい比喩を使って説明する人やなあ」(←人のことは言えないが)とまだ斜に構えていたのだが、祝賀会本番の指揮ぶりで彼をすっかり見直した(失礼!)。風貌から「マーラーのようだ」と評した人もいたが、どちらかと言えば「レレレのおじさん」のような楽し気な表情で躍動感あふれ、160人という大編成一発オケをぐいぐい乗せてクライマックスへ一段と盛り上げる。それこそ今日という日のためになりふり構わず音楽への愛を仲間と分かち合う姿には、とても素直な気持ちになれた。

プロの音楽家になるという決断はどういうものだったのだろう?プロのオーケストラの一員として日々の演奏とどのように向き合っているのだろう?アマチュアの指導に際してはどのような気持ちで臨んでいるのだろう?いつか聞いてみたいものだと思いながら、大学卒業後30年にもなる年月に思いを馳せた。

その30年以上もの年月、京大オケの打楽器パートを指導し続けてきた打楽器奏者の早坂雅子師匠も来賓として祝賀会に出席していた。私が入学する少し前から「干支で3周」とご本人がおっしゃる、実に36年間で100人に上る弟子たちの中で私は最古の部類に属する。考えてみたら自分たちが学生だった頃、彼女は京都芸大を卒業したばかりで年齢はそう違わなかったわけだが、当時の私から見るとはるかに大人の女性、かつ、憧れのプロ打楽器奏者であり、マリンバを高速で弾きまくる鬼気迫る演奏には魂を抜かれたように陶然としたものだ。

30年以上経ってもエネルギッシュで若々しく、アーティストたる姉御肌のカリスマも健在。それが極まったのは祝賀パーティ中の参加型アトラクションとして演奏されたレスピーギの「アッピア街道の松」であった。ふと見ると師匠が大太鼓の横に立っている! 

f:id:chihoyorozu:20170221133200j:plain

打楽器パートのOB・OG・現役一同、期待に胸が高鳴る。

レスピーギ自身の説明によるとこういう曲だ。

アッピア街道の霧深い夜あけ。不思議な風景を見まもっている離れた松。果てしない足音の静かな休みないリズム。詩人は、過去の栄光の幻想的な姿を浮べる。トランペットがひびき、新しく昇る太陽の響きの中で、執政官の軍隊がサクラ街道を前進し、カピトレ丘へ勝ち誇って登ってゆく。」

夜明けの霧のように響くピアニッシモの銅鑼や木管楽器があれこれつぶやく中で、ザッザッザッザッと一定のリズムで粛々と行進するローマ軍。日の出を告げる金管楽器のファンファーレと共に丘を登って行くあたりから、全軍を鼓舞するように「ド」、4歩進んで「ド」、粛々と「ド!」、前進する「ド!!」。そのうち4歩どころではなく1歩ごとに大太鼓がド!全軍の兵士たちの心臓の鼓動のように高まっていく。この辺から曲は大太鼓協奏曲と化し、背後のソリストのただならぬ音響に前方のパートからも振り向く奏者多々。この日のパーティに参加した30人近い弟子たちは狂喜乱舞して打楽器群の背後や隙間から写真を撮るやら動画を撮るやら。演奏に参加した打楽器メンバーは師匠の爆音に煽られて、シンバル3名(!)が激しく炸裂し、最後には大音響で鳴り響いた銅鑼が落下するというハプニング付き。やんややんやの喝采とブラボーは当然、早坂女史に捧げられていたはずである。100周年祝賀会を大いに盛り上げた。なにしろ100年の内の36年間、この学生オケのサウンドを支える歴代の打楽器軍団は早坂師匠に鍛えられてきたのだ。なんと幸せなことだろう。

4拍子の頭に打ち込むその決然たるフォームに鳥肌が立ち、お腹に響く深い音に我知らず涙が出てくる。

そうなんや!太鼓というのはこれぐらいの気合で叩くもんなんや!ごちゃごちゃ言い訳している場合じゃない。もっともらしい顔して誤魔化すんじゃない。やるときはやるんや!師匠を見よ!!太鼓はとてつもなくカッコイイのだ。太古の昔から原始人たちも太鼓を打ったのだ。ローマ軍はこの太鼓に合わせて進軍したのだ。太鼓は世の中になくてはならないのだ。世の中のテンポをリードし、ここぞという渾身の一打を決めるのだ!!!

その誇り高い大太鼓は、傷つくのを怖れるケチなプライドを撃ち抜き、叱咤激励する怒濤の響きだった。何でもいい。自分が選んだ道で人生を賭ける覚悟を持てと。(完)