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よろず編集後記

よろず編集者を目指す井内千穂のブログです。

ヨーヨー・マ&シルクロード・アンサンブル② 藤井はるかさんに聞く

打楽器奏者 藤井はるかさんとの出会いは昨年の10月。妹の藤井里佳さんとの打楽器デュオ うたりをご紹介した時でした。打楽器姉妹のお母様はマリンバ奏者の藤井むつ子さんです。すごいなあ・・お二人にお話を伺いながら、元・学生オケ打楽器パートだった私はひたすら感銘を受けたのでした。

www.japantimes.co.jp

東京芸大卒業後、ジュリアード音楽院でさらに学び、その後もアメリカを拠点に国際的に活躍されている藤井はるかさんが、シルクロード・アンサンブルのメンバーでもあることはこの記事でも触れています。それが次の記事につながるとは全く予想していなかったことで、ご縁というのはまことに味わい深いものですね。

サンフランシスコ在住の藤井さんにMessengerのビデオチャット機能を使ってあらためてインタビューすることになりました。

chihoyorozu.hatenablog.com

シルクロード・アンサンブルはヨーヨー・マが1998年に立ち上げた「シルクロード・プロジェクト」を母体としており、2000年7月にアメリカ・マサチューセッツのタングルウッド音楽センターに世界各国のアーティストが集まって行われたワークショップの様子は、今回のドキュメンタリー映画にも出てきます。

アンサンブルのオリジナル・メンバーは主にその時のアーティスト達ですが、固定メンバーではなく、オーディションがあるわけでもなく、新メンバーの参加はケース・バイ・ケースとのこと。「固定でない」だけに一時はメンバーが何十人もいたそうですが、数年前にコア・メンバーを明記するようになり、オフィシャルサイトにメンバーとして写真が載っているアーティストを数えてみると、ヨーヨー・マ本人を含めて21人です。

http://www.silkroadproject.org/ensemble

藤井さんの場合、2009年のアジアツアーのための打楽器奏者が一人足りない状況で、人づてに打診があったということでした。

「こんな素晴らしいチャンスはない。一度きりでいいから頑張ってやろうと思いました。本当に楽しくて、メンバーが素晴らしくて、良い仕事をさせてもらって、次にも声がかかるようになり、気がついたらオフィシャルサイト用に写真とプロフィールを提出するようにと言われました。メンバーとして認められたのかなと。」

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Ensemble | Artists | Haruka Fujii | SILKROAD

「ツアーの時は何週間も24時間一緒に過ごすので、濃い時間になります。音楽だけでなく、人として合う・合わないも含めて、一緒にやっていける人たちがおのずとメンバーとして残ってきました。」

「上下関係はなくフラットな関係を大切にしており、最終決断はヨーヨー・マが下すにしても、たとえば、『誰を呼びたいか?』などもアンサンブルのみんなが一緒にやりたい人ということで決めます。」

「さまざまな文化、キャリアを持ったメンバーが集まっています。たとえば、インドのタブラ奏者サンディープ・ダスは楽譜を読みません。そもそも、インドの伝統音楽には楽譜に書くというコンセプトがなく、彼は全部口頭で伝えるマスターなのです。彼が書いた新曲をやる時は、さあ!どうする?!という感じです。」

「自分が知っている方法でなく、相手の方法でものを見た時にはどういう音なのか?どういう世界なのか?必死になって理解しようとしないと一緒に音楽を作れないという大前提があります。このアンサンブルは、“向こう側”にいる人のことをすごく知りたいという気持ちがないとできない仕事です。」

「その力というのは、音楽だけでなくて、今の情勢で、コミュニティとコミュニティ、隣の国、自分の知らない世界を理解していくcuriosity(好奇心)がすごく大事だとヨーヨー・マは言っています。」

リハーサルのたびに、コンサートのたびに、毎回毎回身をもって勉強させられると藤井さんは言います。

「自分が今までやってきたことよりも、アンサンブルの中で次の新しい自分を見つけることが大事、と(タブラ奏者の)サンディープは言いました。私は西洋クラシック音楽の打楽器を学んできましたが、高名なタブラ奏者の隣で太鼓一つもって、ソロで『ハイ即興ね!』と言われた時はとても困りました。それは今まで私がトレーニングしてきたことではないし、何かウソをついているようで、借り物のドレスを着て演奏しなければならない違和感というか、恐怖感がありました。」

「でも、やらなきゃいけないわけですから、何か用意していき、やっぱり全然ダメだったということもいっぱいありますが、このアンサンブルは何らかの形で信頼してくれる、絶対に変なことはしないという信頼感をもって、気長に見守ってくれるのです。間違えてもいいんだからと。」

「それにワールドミュージックは即興ばかりではありません。逆に作曲家が書いた曲をオーケストラのように演奏する場合は、サンディープが大変!お手上げです。そういう時は逆に私たちが教えてあげる、というギブ・アンド・テイクの関係。お互いが知らないことを教えつつやっていくという感じですね。」

シルクロード・アンサンブルが今回グラミー賞を受賞したアルバム「Sing Me Home」の中に、藤井さんが書いた「シンガシ・ソング」が収められています。藤井さんが「子ども時代の大半を過ごした川越の新河岸川の近くに住んでいた祖父母のために書いた」というこの曲は、日本の2つの民謡の対話の形になっています。おじいちゃんが生まれた北海道の漁師の歌「江差追分」とおばあちゃんが好きだった「毬と殿さま」。

冒頭、梅崎康二郎さんの尺八とゲスト奏者ワタナベカオルさんの和太鼓が印象的。ウー・トンさんの中国笙の音も聴こえます。昔NHKでやっていた「新日本紀行」のテーマを思い出させる懐かしい響き。日本の北端における過酷な生活を歌った「江差追分」の哀愁のこぶしのきいた節回しがゆったりと奏でられます。

〽カモぉ~メぇ~のぉ~なくぅ~音ぇ~に~ぃ~
ふと~目ぇ~~を~~~~ 覚ま~ぁぁ~し~ぃ~  
あれぇ~~がぁ~~~蝦夷ぉ~地~ぃ~~のぉ~~~~
山~かぁ~いぃ~~~~な~ぁ~~~

川の流れのようなタブラの独特な響きとリズムが入って軽やかになり、ヨーヨー・マのチェロが渋いソロを聴かせたかと思ったら、やがて「てんてんてんまり てん手まり」という「毬と殿さま」が楽しげに始まり、そこに再び江差追分が絡み合います。さまざまな打楽器も加わって祭囃子のように盛り上がりますが、その底で轟き続けるのは和太鼓の響き。日本人の血が騒ぎます。

「アンサンブル向けのこのアレンジに辿り着くまでに、川の流れのように様々な様式を経てきた。」と藤井さんがライナーノートに書いています。

父も母も戦時中の外地生まれの引揚組で高度経済成長期のニュータウンに生まれた私は、「ニッポンのふるさと」に懐かしさというより一種のコンプレックスに近い憧れを抱いています。幻想かもしれないけれど、数代遡れば確実に日本のどこかの田舎にいたはずのご先祖様に思いを馳せます。

全国でますます過疎化が進み、失われつつある大切な文化遺産である日本の民謡のメロディとリズムが、世界の多様な文化的背景を持ったミュージシャンたちによって新しく命を吹き込まれ、今の私たちや次の世代が共に楽しむことができるのは素晴らしいことだと思いました。(続く)