よろず編集後記

よろず編集者を目指す井内千穂のブログです。

ウェイウェイさんは今どこに

5月の半ば以降、怒濤の取材と原稿書きに明け暮れて気がついたら猛暑の残暑。北海道への一泊取材ツアーから帰ってきた翌日、二胡奏者のウェイウェイ・ウーさんのメルマガが届いた。「次は北海道!」と。そうか!ウェイウェイさんのソロデビュー15周年記念コンサート全国ツアーはまだ続いているのだ。

記事が出たのは2ヶ月も前の6月14日で、7月中までのコンサートの予定をウェブでだけ紹介した(紙面にはとても入りきらないので)のだが、それからまたずいぶん時が経ってしまい、ツアーはまだまだ続いている。

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東京からスタートして、下呂温泉白川郷、千葉の柏、九州各県などなど日本全国を飛び回るウェイウェイさん。ツアーの締めくくりは年末にもう一度東京でコンサートがあるようだ。それだけではない。ほかにもさまざまなコンサートやライブやイベントに出演し、年に1枚ぐらいのペースでアルバムを出し、二胡教室で大勢の生徒さんたちを教え、さらに、生徒さんたちから成る心弦二胡楽団を引き連れてふるさとの上海でもコンサートを開催する。そんな超多忙なスケジュールにあっても、いつも包み込むような笑顔とノリノリのパフォーマンスで周りの人たちを巻き込んでいくそのパワーは一体どこから出てくるだろう?

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インタビューの時に「持って生まれた性格だったのですか?」と尋ねてみたら、「元々は実はとても内向的で無口で、友達もなかなか作れないような子どもだった」というお返事で驚いた。自分が考えていることがいつも周りの友達と違っているので、「変わってると思われるのがイヤであまりしゃべらないようにしていた」という。

文化大革命の真っ只中、当局が禁じていたヴァイオリンを弾きたいと言った5歳のウェイウェイさんに作曲家の父はヴァイオリンを作ってくれた。カーテンを締め切った部屋の中でこっそり練習したそうだ。「人と同じことをやるな」という父の影響も大きかったのだろう。文革後、上海音楽学院附属小学校を経て上海戯曲学校でヴァイオリンを専攻するかたわら二胡の音色にも魅せられ、両方を首席で卒業。1991年に日本に留学したのはヴァイオリンの勉強を続けるためだったが、当時上海で流行っていた「山口百恵の『赤いシリーズ』とか『姿三四郎』とか日本のドラマが大好きだったから」とにかく日本に行ってみたかったそうだ。

それから四半世紀。

結局ヴァイオリニストにはならず、伝統楽器である二胡を使った新しいパフォーマンスのパイオニアになった。なにしろ、当時の日本ではまだ「二胡」と「胡弓」の違いすら認知されていないほど知られざる楽器だったが、今や聴くだけでなく自分でも演奏し、中国への演奏旅行にも楽団員として一緒に行ってしまうほど愛好家が増えたのだから、その影響力は凄い。

「上海のお客さんたちは、日本人がこんなに二胡が好きで、社会人が本業以外にこれだけ熱心に楽器を習って趣味として楽しんでいることに感動したみたいです。」

6月17日土曜日の昼下がり。全国ツアーのスタートは東京ということで、久々に行った大井町駅前のきゅりあん大ホールでのコンサートの冒頭、ウェイウェイさんは頭にターバンを巻いた海賊の格好で「パイレーツ・オブ・カリビアン」のテーマを弾きながら客席を通って颯爽と現れた。ステージで上着を脱ぐと鮮やかなイエローのドレス姿に。これですね~~ 

ヴァイオリニストを目指していた学生時代のウェイウェイさんは、ある時、ジャズ・ヴァイオリニストのステファン・クラッペリーのCDを聴いて、クラシックのヴァイオリンにはない軽やかさに魅了された。あんな風に弾けたらいいなあと思ってやってみたが無理だったという。

「子どもの頃から習っていた枠からはみ出すことができなかったんですね。先生に怒られそうって自分で思ってしまって。そういう固定観念から自由になるのが難しかったのです。日本のクラシックの人たちもきっとそうなんじゃないかな・・」

一方、二胡だと「自由になれた」というのだ。ヴァイオリンの曲を二胡で弾きたくて、十代の頃から自分で勝手にアレンジして弾いていた。

二胡は私にとって、新しいことにチャレンジする楽器なのです。」

二胡には中国の伝統の曲しかないので、西洋クラシックの曲を二胡の音域に合わせて弾いたり、作曲も始めて自作を弾いたり。他の楽器とのセッションや大きな会場では二胡の音量では聴こえないので、マイクを使うようにした。ジャンルもいろいろ。ロックもやる。「ロックやるなら、やっぱり立って弾くでしょう?」ということで、楽器を支えるベルトも自作。今や型番もあり生徒さんたちもみなそれを使っている。立って弾くことでステップを踏みやすくなり、踊ることもできる!

「中国の伝統的な二胡の先生は絶対ダメと言うでしょうけどね(笑)」

それが現代のスタイリッシュなウェイウェイさんの二胡のステージなのだ。いやいや、楽しかった。老若男女、とくにシニア層のお客さんたちがウェイウェイさんの合図に合わせて手拍子して「情熱大陸」のメロディでタオルを振り回す姿があまりに楽しそうで思わず涙する。

ヴァイオリンは顎で挟んで弾いて「頭で感動する」が、二胡は身体の前で抱え「お腹で感動する」とウェイウェイさんは表現した。「子宮に響く母性的な音」だと。

鼻にかかったような甘い音色と、立ち上がりの微妙な音程のずれが味わいでもある二胡は確かに包容力のある楽器だと思う。演歌にもぴったり。アップテンポのフュージョン系の曲も切なさが増幅する。

正統派の二胡奏者が座って中国の伝統的な曲を弾くのとは全く異なる世界。また、クラシック音楽演奏家から見れば、通俗的なわかりやすい曲のオンパレードでバックバンド付きでマイクを通した音を聴かせる「邪道」というか普通にポップスのコンサートなわけだが、これまでに誰も思いつかなかったような二胡のスタイルを自分で構築したウェイウェイさんのパイオニア精神のたまものなのである。それがこれだけ多くのお客さんを楽しませて元気にしているのだ。音楽というのはやっぱりまずは楽しむものなんだなとつくづく思った。そして、物悲しい曲ではウェイウェイさんがお腹で歌う音色を私もお腹でしみじみ味わった。

デビュー15周年を記念する今年のアルバム「Legacy」のライナーノートより。

「25年前にたった一人で、見知らぬ異国の日本にやって来たこと、偶然のようで、必然だと思います。」

来日当初は言葉もわからず「もっと無口になった」ウェイウェイさんは、やがて言葉を覚えると同時に、音楽を伝えるパイオニアとしての自分の使命を自覚するようになったという。

「『伝統楽器』と言われているからこそ、『伝承』を大切にしなければならないと思います。未来に繋げていくため、新しいことに挑戦し続けることが私の使命だと思っています。」

そう記されている自作の「Legacy」の躍動感あふれるリズムに乗って、ウェイウェイさんは会場で高く拳を突き上げ、手拍子を促す。軽やかだけど愁いを含んだ二胡の旋律には、来し方を振り返り、行く先を見つめるウェイウェイさんの決意がにじむ。会場の一体感の中で私も手拍子しながらすっかりファンになっていた。ウェイウェイさんに会えてよかった!謝々。

来週は北海道なんですね。

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