よろず編集後記

よろず編集者を目指す井内千穂のブログです。

地層処分って本当にできるの?③ 幌延深地層研究センター見学

翌8月8日の朝、幌延に向かう。稚内から車で小一時間ほど。北海道縦貫自動車道が完成するのはまだ先のことのようだが、並行して走る国道40号線の自動車専用道路である幌富バイパス、豊富バイパスが開通している。幌延町役場の立派な建物の前を通って道道121号線をしばらく行くと広大な牧草地の中に唐突にもトナカイ牧場があった。昨日目撃したアザラシと違って、さすがにトナカイは北海道に生息しているわけではないが、観光施設として作られたようだ。せっかくなので立ち寄ることに。わらわらとトナカイたちが寄ってくる。退屈していたのか空腹だったのか、なんとも人なつっこい。

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トナカイ牧場のすぐ先に、さらに唐突感のある立派な施設が現れた。

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幌延深地層研究センター公式サイトより(2012年10月撮影)

今日見学する幌延深地層研究センターである。これまで「地層処分」の話が頓挫の例を重ねながらなかなか前に進んでこなかったのは、この唐突感のせいなのか?他所ではなく北海道のここに施設ができた何らかそれなりの経緯があったようだ。しかし、当然のことながら、施設内の人々はあくまでも真摯に研究に取り組んでいるのである。

日本では1976年から地層処分の研究が始まり、茨城県東海村などで研究開発が進められてきた。1999年に核燃料サイクル開発機構(JNC=Japan Nuclear Cycle Development Institute; 2005年に日本原子力研究所と統合廃止し、日本原子力研究開発機構JAEAとして再編)は,地層処分の技術的信頼性を示し、この成果を受けて実際の日本の地下深部に関わる研究を実施するために、2002年に岐阜県瑞浪超深地層研究所、2003年にはここ幌延深地層研究センターの建設にそれぞれ着工。

幌延深地層研究センターでは、深地層の地下水や岩盤の性質等の科学的研究(地層科学研究)や実際に地下深部で地層処分システムの設計や施行が可能かどうかを確認する地層処分研究開発等を行っている。

まずは、JAEAの茂田氏による明晰かつ丁寧なレクチャーを受けた。

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原子力発電所で発生する使用済み燃料は、その元になったウラン鉱石と変わらない放射能レベルに下がるまでに数万年かかる。そういった高レベル放射性廃棄物をそのまま処分するか、再処理したうえで利用できない5%分だけをガラス固化体にして処分するかの違いはあれ、その数万年という長期間、人間の管理に頼らずに隔離できる方法を、世界各国は原子力発電開発の当初から模索してきた。宇宙処分、海洋処分などさまざまな方法が検討された中で、現在、世界的にほぼ唯一、有効で実現可能と考えられているのが「地層処分」という方法。地下深くの岩盤が元々持っている、物を隔離するうえでの優れた性質に長期の隔離を委ねようという考え方である。

地下深くの岩盤は人間の生活環境から離れた場所に物を閉じ込めて動かさないという性質があり、日本のように地殻変動が活発な場所でも火山活動や地震などの自然現象の影響を受けにくい。これを「天然バリア」と呼ぶ。一方、放射性物質はガラス固化体に閉じ込めてから、オーバーパックと呼ばれる厚い金属(炭素鋼)製の容器に収め、さらにベントナイトという粘土を主成分とする緩衝材で囲む。これが「人工バリア」。このように人が適切に設計した人工バリアを天然バリアと組み合わせることにより、廃棄物を地下に埋設して、さらに処分場自体も埋め戻して元の状態に近い形にすれば、その後は人間の管理を必要とすることなく、長期間の隔離が実現できる・・・と考えられているのが地層処分のシステムである。

世界各地に地下研究施設がある中で、フィンランドやフランスのように、最終処分候補地の適性を見定める地下研究施設とは異なり、日本の2か所(瑞浪幌延)は、最終処分場選定に先立ち、最終処分場として使用しない場所で技術を磨く地下研究施設であり、処分事業とは明確に区別されている。それぞれの地元とも「最終処分場に転用しない」「放射性物質を持ち込まない」という協定が結ばれている。瑞浪の地下には結晶質岩の地層、幌延の地下には堆積岩の地層があり、それぞれについて研究することで、将来日本のどこが最終処分場に選ばれても、そこを適正に調査して安全評価を行えるということになっている。

幌延深地層研究は2001年3月にスタートし、第1段階は地上からの調査研究、第2段階は坑道を掘りながらの調査研究が行われた。2014年6月には地下350メートルの本格的な調査坑道が完成し、現在は第3段階である地下施設での研究の真っただ中である。でき上がった地下の坑道に模擬の人工バリアを設置し、その内部およびその周辺で起きる現象のデータを取ることによって、人工バリアの性能確認試験やオーバーパックの腐食試験、地下における物質移動に関する研究などが行われている。2014年6月以降は掘削工事は一旦休止して、静かな環境で第3段階の研究を実施するとともに、なるべく多くの人に地下に入って見てもらうという取り組みを行っている。計画では調査研究の期間は約20年間と設定されており、試験終了後は埋め戻されることになっている。

地下坑道に入る前に「ゆめ地創館」を見学させてもらった。

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ゆめ地創館ホームページより

ほんの数メートル下りるだけのエレベーターだが、バーチャルで地下深くに向かうような雰囲気を味わえる。地下階では、実物大のオーバーパックやベントナイトなど、人工バリアを見て触ってみることもできる。よくできた展示だ。

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粘土質のベントナイトが水で固まることを実感できる実験コーナーがあって子どもたちも喜びそう。

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そしていよいよ地下坑道へ。

瑞浪の時と同様、つなぎ服に着替え、反射ベスト・ヘルメット・安全長靴・軍手を身につけてから、バスで移動して西立坑へ。

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既に瑞浪の地下500メートルの坑道に入ったことがあるので、「人キブル」と呼ばれる鳥かごのようなエレベーターにもさほどの抵抗感もない。

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あっという間に地下350メートルに着いた。

 

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地下350メートルにある調査坑道を歩く。距離にして約750メートル。坑道を歩く限りでは、瑞浪よりずっと湧水が少ない印象である。

 

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先ほどの説明にあった通り、第3段階の人工バリア性能確認試験が行われている。

 

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オーバーパックを実際に埋設してその腐食の進行を調べている。

 

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要所要所で茂田さんの説明に耳を傾ける。

瑞浪の地下500メートルの調査坑道でも感じたことだが、地下350メートルは人間環境からさほど遠い感じはしなかった。もちろん、埋め戻した後はエレベーターですぐに下りるようなわけにはいかなくなり、放射性廃棄物をそれなりに「隔離」できるのだろうが、このように掘削する技術があるのなら、いつでもまた掘り返せるのではないかと思う。

瑞浪では行われていないのか、見学コースでは見ることができなかったのか確認していないが、幌延では、実物大の「模擬」人工バリアを実際に埋設して、その性能や腐食の具合を試験するといったような、地層処分の技術そのものの研究開発が行われているのを見ることができた。事前のレクチャーでも説明があったが、「実際に地下深部で、地層処分システムの設計・加工が可能かどうかを確認。工学的技術とともに、研究の成果をその都度モデルに反映させ、安全性を評価する技術の信頼性を高めます」とパンフレットにも書いてある。

丁寧な説明を聞くにつけ実験の様子を見るにつけ、確かに技術的には「地層処分」は可能なのであろうと思われる。と言うよりも、既にこれまでの原子力発電で発生してしまった高レベル放射性廃棄物をどうにかするには、現在の日本の技術力を限りを尽くして、人間の生活環境から隔離するほかないのではないか。もちろん、地下深部が何万年も長期間安定して「絶対安全」だとは言いきれない。しかし、地上に置くことの危険に比べれば、地下に埋めるほうがまだ安定を目指せるのではなかろうか。

ほとんどは門外漢である一般市民は、専門家から技術的な説明を受けたら「そうなのであろう」と信じるしかない。あるいは、疑ってかかるならセカンドオピニオンを求めて、別の専門家の意見を聞くのも一つの方法だ。原子力放射性物質についてイチから勉強して地層処分の工学的・地質学的安全性を自分で判断することはそうそうできないし、現場を見てもそうそうわかるものではない。もちろん現場を見ないよりは見たほうが実感は湧くし、専門家に直に接することは「信じられる人であるかどうか」の判断材料にはなるだろう。何が「正しい」と信じるか、どちらに「賭ける」かは、技術そのものの話というよりは、それを担う人たちを信じられるかどうかにかかってくる。(続く)