よろず編集後記

よろず編集者を目指す井内千穂のブログです。

サントリーホール前でライブビューイング

そろそろ芸術の秋。サントリーホールアークヒルズ25周年の2011年にスタートし、今年で8回目を迎えるという「ARK Hills Music Week」に初めて行ってみた。

 

5月の記者会見で今年からの新企画「ARKクラシックス」を知り、ピアニスト辻井伸行とヴァイオリ二スト三浦文彰の二人をアーティスティック・リーダーに迎えるプログラムがアーク・カラヤン広場でライブビューイングも開催されるという話に心惹かれていた。だいぶ先のことだと思っているうちにもう10月だ。ふと空いていた金曜日の夜、前夜祭に寄ってみることにした。

 

ライブビューイングの良さは、まず気軽に音楽を楽しめること。あいにくの雨模様で空席が目立ったが、それでもベビーカーを連ねて座っている若いママたちがいて、可愛いチビちゃんたちが前をちょろちょろしながら時折スクリーンを眺めたりもする。こんなに小さい頃からサントリーホールのコンサートに触れられるなんていいなあ。とにかく目にしたり耳にしたりするきっかけがあって、しかも、じっとしてなさい、静かにしてなさいと言われない場であれば、きっと音楽が好きになる!・・肌寒かったし長丁場だったので、その親子連れ二組は途中で帰ったけれど、自分の状況に合わせて自由に出入りできるのも無料コンサートの良さである。

 

サントリーホールの中で生で聴く音が素晴らしいのは当然だが、スピーカーの音も最近はなかなか精度が上がり、音響があまり良くない会場で聴く演奏や、音響の良いホールで聴くさほど良くない演奏よりは、はるかに良かった。

 

そして、大画面の迫力。これは、METライブビューイングでも感じることだが、コンサートホールやオペラハウスの座席からは到底見えない舞台上の詳細がクローズアップで見えるのだ。時折ピアノの手元に寄るカメラワークは、ピアニストたちの手を巨大に見せてくれた。プログラム冒頭に登場したアイスランドのピアニスト ヴィキングル・オラフソンの左手の薬指の指輪までしっかり見える。パワフルで正確なバッハとベートーヴェン喝采を浴びたオラフソンの正統派のフォームと、後半に登場してやわらかいドビュッシーを聴かせた辻井伸行の鍵盤上に手を平らに置くフォームが随分違っていて面白い。

 

顔もどアップだ。演奏中の三浦文彰は目が据わってて鬼気迫る厳しい表情だが、それが時折ふと和らいでクァルテットの仲間たちとアイコンタクトを取る様や、そこでズンと音が重なり合う響きに室内楽の醍醐味を感じる。それぞれの奏者が自分の聴かせどころになるとどんなに眉間に皺を寄せて感情込めて弾くかなどなど、見ていて飽きることなく、4人の熱いやりとりに視覚的にも巻き込まれていく。久々に聴いたドボルザーク弦楽四重奏アメリカ」は実に素晴らしい演奏だった。

 

ラストは辻井伸行三浦文彰のデュオによるフランクのヴァイオリンソナタ。この難曲を二人で一緒に奏でようという気迫と信頼関係がひしひしと伝わってくる。高速で疾走する演奏ではなく、一つ一つ噛みしめて踏みしめて進行するようなテンポ感で、やがて終楽章の冒頭、ヴァイオリンとピアノの掛け合いが何とも言えず温かくて、こういう曲だったんだと胸が熱くなる。一人で弾くのもオーケストラをバックにソリストとして演奏するのも素晴らしいけれど、二人の音楽家がこんな風に力を合わせられる美しさに心を打たれた。

 

その一部始終を臨場感溢れる大画面で共有できるのはなんと贅沢なことだろう。薄着で出かけてしまい結構寒かったが、心は温まって、会場を後にした。

 

このような特別なイベントの時だけでなく、日頃から時々ライブビューイングをやってもらえないものだろうか。ホール内で聴いている人にとっても別に減るわけではないし。高額なチケットを買おうとまでは思わないけれど聴いてみたい人たち、一部分だけでいいからちょっと聴いて帰る人たち、堅苦しいのは疲れるけれど外で気軽に一杯やりながら聴けるなら試しに聴いてみようという人たちもいるのではなかろうか。意外とよかったから次はホールで聴こうと思うかもしれない。無料でなくてもワンコイン、または1000円ぐらいでどうだろう?それも今日のサントリーホールでやっていたほどのクオリティの演奏であれば、その素晴らしさはきっとスクリーンからでも伝わる。

 

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