よろず編集後記

よろず編集者を目指す井内千穂のブログです。

冊子『福島第一原発と地域の未来の先に・・・』は語りかける

コロナ禍中の4月下旬、これまで福島第一原発廃炉現場と社会をつなぐ様々な取り組みを展開してきた一般社団法人AFWから、冊子『福島第一原発と地域の未来の先に・・・ ~わたしたちが育てていく未来~』が出版された。

AFW代表で元東電社員の吉川彰浩さんとは、中高生のスタディツアーに同行する中でご縁をいただき、今年2月下旬に実施された京都の中学生たちの福島ツアーでもお話を伺った。その一週間後には全国の小中学校が休校になったという本当にぎりぎりのタイミングで実施できた貴重なツアーだった。

chihoyorozu.hatenablog.com

 

うかつにも私が冊子の出版に気づいたのは、5月も半ばになってから。ふとfacebookに流れてきた吉川さんの投稿が目にとまり、メールを送って購入させてもらった。

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まず、表紙がパワフルだ。facebookの投稿では画像として見ていた実物を手にしげしげと眺める。光が射し龍が昇る印象的な図柄。惹きつけられるままに、この表紙ビジュアルを手がけたユアサミズキさんがYouTubeに公開しておられる「ペインティング風景を300倍速の3分40秒に凝縮した」という映像を見て驚愕!

youtu.be

そこには福島の断崖絶壁に第一原発が建てられ、津波と事故を経て廃炉に至るまでの歴史が描き重ねられていた。過去の記憶は失われず、しかし次の時代の出来事が上書きされていく先に、龍が立ち現れ天に昇るのか・・

冊子の構成と文章は吉川さんが担当、デザインとイラストはユアサさんという共同製作だ。

印象的な表紙と同じく、

  • 第1章「福島第一原発が出来るまで」
  • 第2章「暮らしを支えた発電の時代」
  • 第3章「世界史に残る存在へ」
  • 第4章「事故の収束と事故処理」
  • 第5章「地域再建と廃炉
  • 第6章「廃炉後の未来に向けて」

という6つの章立てで、30ページほどの薄い冊子に福島第一原発の過去と現在と未来がぎゅっと詰まっている。

風評被害や処理水など福島の複雑な問題や、発電の仕組みから事故の経緯など原発に関する技術的なことなど、何度となく現地を訪ねても理解が追いつかなかった話が、豊富なイラストにも助けられて改めて整理でき、前よりわかったような気がする。

ユアサさんが描く核燃料のキャラクターがいい。赤くて丸くて憮然とした顔が分裂したり溶けたり大気中に飛び出したりする。そして、歴史の上で誰も悪者にせず、それぞれ努力した人々の歩みをありのままに伝え、読者の考えを促す文章は、吉川さんの誠実な語り口そのままだ。

「今までにない内容と工夫(普遍性の学びや気づきを目指したこと、ニュートラルな内容に拘ったこと、お子さんでも取っ付きやすいイラストに拘ったこと、当時、原発職員の吉川とユアサさんというタッグだからこその描ける内容、etc)が評価を頂いています。」と吉川さんはfacebookに書いておられる。

最終章をしみじみ読み返す。

過去から渡されてきたバトンを、その時々で様々な立場や年齢の人達が、未来に向けて最善と思える渡し方を続けてきた。震災と原発事故の前にも後にも、人々の選択と決定の積み重ねというバトンが引き継がれて現在に至った。そして、未来につながっていく選択と決定が今おこなわれている。地域住民の立場と原発側の立場とで議論が繰り返されながら、「福島第一原発と地域のこれからは、バトンの渡し方を模索し続ける姿そのもの」なのだ。

誰もが持っている「次の世代へ渡すバトン」をどう渡せばいいのか?その渡し方がわからなくて迷ってしまう「そんな時にこの場所と歴史に触れてみてください」と吉川さんは語りかける。

コロナ禍に飲み込まれて世界中が被災地になり、「福島どころではない」気分にも陥りかねない今日この頃だが、廃炉作業も地域の再建も、日本と世界のエネルギー問題も、粛々と現在進行形である。

戦争を知らず、高度経済成長期に育ち、バブル期の就職と挫折を経て子どもを産み育て、何かしようともがいているに過ぎない自分のような者が、一体どんなバトンを渡し得るのだろうか?

ユアサさんの表紙の下に堆積している夥しい色彩の小円と、切り裂くような直線の数々のどこかに、わずかでも何か自分の痕跡が残るだろうか?たとえ、天に昇る龍の姿をこの目で見ることはできなくとも。

あらためて自分がやっている事の意味を問い直している。これから「コロナの時代」を生きて行くためにも。