よろず編集後記

よろず編集者を目指す井内千穂のブログです。

コミュタン福島再訪 〜2020京都発ふくしま「学宿」その2

郡山駅を出たバスが向かったのは三春町にあるコミュタン福島。田村西部工業団地内にある広大な福島県環境創造センターの敷地内に建つ交流棟で、延べ床面積約4,600㎡の立派な建物である。「福島のいまを知り、放射線について学び、未来を描く」場を目指して2017年7月にオープンした。

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2日目ここで一日中過ごした昨年のツアーとはまた趣向を変え、今年は初日にここからスタートするというプログラムである。

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震災当時の映像を観て、福島第一原発の模型などの説明を聞く。

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震災直後の福島民報福島民友掲示されている。


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ほかにもさまざまな展示があるが、こういう展示物を全部見るにはいつだって時間が足りない。おのずと自分がとくに興味のあるものに絞って見ることになり、放射線の基礎知識だったり、除染のコーナーだったり、生徒たちは思い思いに見て回ってはコミュタンの職員の方々に質問していた。時節柄、お互いマスク姿。

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説明書きを読む生徒。みずからの希望で参加しているだけにみんな熱心だ。

いつか時間を気にすることなく、この立派な展示を全部じっくり見てみたいものだと思いながら、私が向かったのは今年も霧箱であった。昨年は漠然と眺めているだけだったが、今年は生徒たちと一緒に説明を聞けた。

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 太くて短いのがα線、細くて曲がりくねったのがβ線、たまに通り抜ける長い直線が宇宙線・・・ランダムに去来する放射線たちの軌跡は見ていて飽きることがない。地球上いたるところ放射線が飛び交っている。もっと線量の高い所ではどんなふうに見えるのだろうか?

20分程度で自由見学を切り上げて、一同、会議室に移動。今回のプログラム全体をコーディネーターである「まちづくり浪江」の菅野孝明さんによるガイダンスが始まった。

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「何が起きたのか、今どうなっているのか、これからどうなるのか」を「見る、聴く、感じる、考える」これからの3日間。今の時点で思っていることを出し合う。

原子力災害地域のイメージ」を黄色の付箋に。

「この3日間で学びたいこと」を青色の付箋に。

各自で書き出してみる。数人の生徒が手を挙げた。

まずはK田君(3年)。いつ見ても本を読んでいる彼は、昨夏の中学生サミットでも大人顔負けの弁舌で目立っていた。この日も学びたいこと満載の熱弁をふるった。かいつまんでみると、

「避難者16万人の中にどんな人がいたのか数字じゃわからない。その人たちが何を考えているのかを知りたい。 相手が何を考えているのかを知ろうと思ったら、まずは自分が何を考えているのかをはっきりさせなければならないと思う。この日本に住んでいれば地震は全然他人事ではない。なのにそれを知らずにいることは自分で自分が許せない。どうやって知っていったらいいのだろう?ということを周りの人たちとしっかり話しながら考えて行きたい。」

「想像もつかないほどつらいことを経験して、どうして教えてくれているんだろう。もし自分が福島の人だったらと考えた時に、 どういうふうに周りの人達に伝えていけばいいのか? 自分が発信する立場になった時に、 どんなことに気をつけながら発信していけばいいのかを知りたいと思う。」

「知りたいことは除染の今と昔。 除染って難しいと言われているけれど、どれぐらい難しいのか、今どれぐらい進んでいるのか知りたい」

「そもそもなぜ事故があったのか?エネルギー問題に解決のヒント」

「福島と言えば、すぐに原発という話になるが、 ぼくたちはここに来て原発以外にももっと話し合えることがあるはず。 福島をこれからどう盛り上げるのか? どうやって福島の魅力を発信していけるのか?」(ここまでK田君)

 すごい。知りたいことがいっぱい。彼にとっては、そういう知りたいことの全体がよくわからないのが福島のイメージということのようだ。

福島の魅力という点については、昨年このコミュタンで見せてもらった「福島ルネサンス」を今年の生徒たちにも見せてあげたかったと思う。直径12.8メートルの全球型ドームシアター内で360度全方位から、四季折々の素晴らしい自然の風景、勇壮な伝統のお祭り、子どもたちの笑顔が溢れる映像と音に包まれる体験だった。もはや取り戻せない美しすぎる幻なのだろうか。しかし、福島が豊かな自然と古い歴史を持つ誇り高い土地であることが、千年の都から来た生徒たちにもわかるに違いない。何も言わなくても。

 

ほかに2人ほど、「福島のイメージ」と「学びたいこと」を端的に語ってくれた。

 「福島は、復興がなかなか進まず難航しているというイメージ」で「学びたいことは、現状をどう活かせるか」と「 事故が起きる前までは火力発電所などと同じで暮らしの身近にあるものだった原子力発電所に対する認識の変化と原子力発電所の盲点を知りたい」(3年Wさん)

 「福島のイメージは完全な被害者」で「学びたいことは、 現地の住民の方々は原発についてどう思っているのか?現状、原発がなければ日本経済は立ち行かないと思うが、 再エネで本当に賄えるのか?」(3年F君)

 

このあと、 各々が書いた付箋を前のボードに貼り、「福島のイメージ」と「この3日間で学びたいこと」 が出揃った。

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ずらりと並んだ付箋を見て、「学びたいことたくさんありますね。これを大事にしてください。 いろんな場面があります。 そこで自分が学びたいことをしっかりと意識して進めていってもらいたいと思います」と菅野さん。ほとんどの生徒たちにとって初めて訪ねる福島の、これから見学に行く地域について、基本的な説明に移る。

東西に長く、全国でも4番目に広い福島県は3つの地域に分かれている。なぜ3つか? それは、地形的な要素が非常に大きく、会津中通りの間には奥羽山脈がそびえ、中通り浜通りの間には阿武隈山地がある。今年は暖冬だが、西高東低の冬型の気圧配置で北西からの季節風が東北地方に吹き付けると奥羽山脈にぶつかって 会津地方に大雪が降る。 そこを乗り越えてきた風は雨をほとんど降らせてきて乾いており、浜通りは冬場ずっと晴天が続く。昔は山を越えるのが大変だったので、会津通り、中通り浜通りで文化圏が異なる。

これから行く浜通り原子力災害地域をクローズアップしていく。今日は郡山駅から三春町のコミュタンに来た。このあと、阿武隈山地を超えて沿岸部の浜通りに出る。 楢葉町から北へ向かうと福島第二原発があり、さらに北上すると第一原発がある。

テキストとして配られていた『福島のあの日からいま』(福島県観光交流課)を開く。「地図の中で色が塗ってある地域が旧避難指示区域です。半径20キロ圏内はすべて、 あとは放射線の分布によって原発から北西方向に線量の高い地域( 飯館村や川俣町)も含まれます。被災12市町村という言い方をします。この黄色い区域がいまだに帰ることができない帰還困難区域。 線量が高くて帰る見通しがまだついていない区域です。」

それ以外のところは、双葉町を除いて解除されている。大熊町の青(居住制限区域)と緑(避難指示解除準備区域)の区域は2019年4月10日に避難指示が解除され、双葉町の緑色の区域も間もなく、3月4日に避難指示が解除される。それから常磐線は、浪江町から富岡町の間約 20.8キロの区間が現在まだ通れない状況だが、いよいよ来月の 3月14日には全線開通し、東京から仙台までがつながる。

 

放射線の基礎知識については、事前学習はしている前提だが、「2つだけ数字を頭の中に入れておいてほしい」と菅野さん。0.23μSv/hと3.8μSv/hだ。

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  • 3.8μSv/h。年間にすると20ミリシーベルト。これは屋外に8時間、屋内に1 6時間いた場合の計算で年間20ミリシーベルトになるという値を 1時間あたりに換算したもの。除染をしてこれ以下になっていれば、 避難解除にしてよいという目安である。20ミリシーベルトはどうやって決めたのか?医学的に、年間100ミリシーベルトを超えるとがんの発症率が上がると言われている。それ以下の部分では、 とくに健康被害は検出されていない。そして、 国際放射線防護委員会(ICRP)が推奨している年間20〜100ミリシーベルト放射線を管理するのが望ましいとされている 。 その中でいちばん厳しい値を取って日本は除染の目安にしている。
  • 0.23μSv/h のほうはと言うと、これは長期的な除染の目標。年間1ミリシーベ ルトに当たる。

これから浜通りに行くと、 あちこちにモニタリングポストがある。どういう数字なのか、 この数字を知っているとよくわかる。これから3日間で、だいたい歯科検診 1回分相当の被ばくになる・・・こういう数字を聞くといつもモヤモヤするが、菅野さんの説明はとてもわかりやすかった。数字は目安になる。各グループに1つずつ線量計が配布され、使い方が説明される。生徒たちは神妙な面持ちで線量計を眺めた。(続く)