舞台で輝くママ友
開演ぎりぎりに駆け込んだら、二人は颯爽と舞台に現れた。
ひょえーカッコイイ!!
土曜の昼下がり。立川のたましんRISURUホールでTAMAMA-DUOのピアノ連弾コンサートが始まった。200席余りの小ホールにほぼいっぱいのお客さんを前に堂々たる姿は、一緒にボランティアする時や、誰かのコンサートの前に「私たち前座ですから~」と照れ隠しを言いながら弾いている時と全然違う。元々すらりとファッショナブルな二人、今日の晴れ舞台に赤と黒のロングなジャケットがばっちり似合って眩しい。
カプースチンのシンフォニエッタより「序曲」。二人の連弾が力強く疾走し、ぐいぐい引き込まれる。
TAMAMA-DUOの平石さんと大図さんは多摩で活躍するママ友ピアノデュオ。共に教育学部音楽科卒で多摩のママ友だからタママと命名されたそうだ。2005年に活動開始。
「…国立、立川などでデュオコンサートを開くかたわら各種イベントや音楽祭にも参加。近年はチャリティ活動やボランティア演奏にも意欲的に取り組んでいる。
2009年第10回北関東ピアノコンクール連弾部門2位(1位なし)。2013年ペトロフピアノコンクール連弾部門最高位入賞。共に国分寺市内学童保育所に勤務。」
プロフィールを読んで改めて感心しているうちに、いつの間にかお客も参加するコーナーに入り、100人ずつ二手に分かれて「メリーさんのひつじ」と「ロンドン橋落ちる」を同時に重ねて手拍子をつけて歌ったり、小・中学生が舞台に上がって一緒に6手連弾にチャレンジしたりと客席を巻き込んで盛り上がる。さすが、日頃から学童保育の現場で子ども達を相手にしているから上手いなあ・・というだけではない。トークも演奏も、人を楽しませようというサービス精神に溢れているのだ。シニア層も子ども達も一緒に歌って手拍子を打って楽しそうにしている。
「未就学児お断り」の演奏会が多い。もちろん、「大人が静かに芸術を楽しむ場」というのは当然ある。私が幼少期を過ごしたドイツ(西ドイツ)では、子どもは「犬のように厳しく躾けるべき」であって大人の場(コンサートとかパーティとか)にむやみに連れて来るものではないというのが暗黙の厳しいルールだった。「三つ子の魂百まで」なのか、私は公共の場で子どもが騒ぐのがとても嫌いで、自分の息子たちもかなり厳しく躾けた。後にベルリンに赴任した時には「ドイツも昔よりずいぶん甘くなったものだ」と逆に感じたほどだ。
あるとき、ベルリンのフィルハーモニーでのコンサートの最中、客席から子どもが大きな声がした。えっ?フィルハーモニーに子連れで来る人がいるの?!と驚いていたら、舞台上でその時モーツァルトのピアノコンチェルトを弾き振りしていたバレンボイムは、声のする方へ顔を向けたかと思ったら、にっこり笑って「シ――ッ」と指を口に当てた。客席が笑いのどよめきで和んだのを見計らって、彼は落ち着き払って続きを演奏したのだった。その日の演奏はあまり覚えてなくてどちらかと言えばそんなに感心しなかったのだが、子どもに対するバレンボイムの穏やかな態度にいたく感銘を受けたのをいまだに覚えている。
この日のTAMAMAのコンサートは「そういう子ども達や小さい子を抱えてなかなかコンサートに出かけられないお母さんたちも楽しめる場」にしたいと二人は言っていた。もちろん、周りのお客さんに迷惑をかけたり皆が音楽を楽しめなくなったりしては困る。「だから未就学児はダメという場が多いのだけれど、6歳になったら急にお利口さんになって席で音楽が聴けるようになるというものでもないと思うんですよね」というのは確かにその通りだ。時折「ワーン」という泣き声が聞こえたり、通路をうろうろする子どもの姿もあったけれど、二人はそれを厳しく排除するでもなく、でも、騒々しくはならないように「どこを境界線にするのかがチャレンジなの」と言っていた通りの絶妙なバランス感覚をもってプログラムを進めていく。
休憩後、春の女神のような艶やかなドレスに着替えて舞台に戻ってきた二人は、モーツァルトの「2台のピアノのためのソナタ2長調」に挑んだ。休憩中に最後列から最前列の席に移動してみたら、隣の席に幼い男の子が風邪の予防なのか、かわいい柄のついたマスクをしてお母さんに抱かれて座っている。近くの4歳ぐらいの女の子が、最前列と舞台の間のスペースをしばらくうろうろした後、床に座り込んで高さ50センチほどの舞台の縁で腕枕して身を預けるようにして聴いていた。普通はNGだが、それがなんとも愛くるしい姿なのだ。モーツァルトの長いソナタを弾き終えた平石さんと大図さんは、「いや~3楽章全部通して弾けましたねー」と場を和ませ、「長くて飽きちゃったよね」と子ども達にも笑顔で言葉をかける。
そして、最後に弾いたピアソラのリベルタンゴ。「私たちのテーマ曲」というだけあって何年も何回も弾いてきたのだろう。暗譜でぴったり息が合った二人の迸るようなパッションにはさすがの子ども達も感じるものがあるのか会場全体が固唾を呑む。2台のピアノで対面する二人の横顔が美しい。
・・・いろいろ大変な時期もあった。子ども達が幼い頃は物事が思うようなペースで進まかったし、コンサートにだってなかなか行けなかった。子ども達が大きくなればなったで別の悩みも出てくる。でも、どんな時もピアノが、音楽が自分を励まし、支えてくれた。ピアノが好き!そして、心から信頼できる相方を見つけて今や自由に( libertad) にタンゴ(tango)が踊れる!まさにリベルタンゴなのだ・・・ラテンのリズムと哀愁の漂うメロディーに恍惚とした二人の表情にグッときて、ほとんど私の勝手な想像ではあるけれど、そこは誰が何と言おうが同世代のママ友だから、子ども達も同世代だから、そう、私たちは次世代を育ててきたのだから。強烈な共感で涙が出る。
なにもピアノの巧さを確認して感心するためにコンサートがあるわけではない。音楽は楽しむもの。何が楽しいのか? 技術がどう、テクニックがどう、ミスがどう、という話ではない。でも、もちろん何でもいいわけではない。いい加減な音、雑な音、歌ってない歌は聴けばわかる。何が人のハートに響くのだろうか? コンサートは誰のためにやるのだろう?
来てくれた人たちに音楽を楽しんでもらいたいというTAMAMAの二人の真摯な姿勢がシンプルに伝わってくるのだ。
「本日はいろいろなスタイルの連弾曲を演奏いたします。また、かねてより私たちの願いでもありました『どなた様でもどうぞ』のコンサートとしております。子どもも大人もみんな一緒に楽しいひと時をすごせたら、こんなにうれしいことはありません。」(プログラムより)
たくさんの子ども達が楽しそうにしていた。障がいのある子ども達も参加していた。終演後、大勢の嬉しそうな顔が出口に並んで挨拶している。子ども達にどのようなスタンスで臨むかについて、とても学ぶところのあるコンサートでもあった。
大好きなピアノでこれだけ人を楽しませるママ友TAMAMA-DUOに心から拍手!