2月の終わり、ふと書道展の案内の葉書が届いたと思ったら従姉からだった。
「春を感じる日々になりましたね♪」から始まるさりげなくも整った筆跡と文面。29年間続けている書道の小品が出展されるという。「お忙しいでしょうしご無理だとは思いますが、万一、お立ち寄りいただけましたら、ランチご一緒しましょう!」
なんと嬉しいお誘い! しかもちょうど確定申告が終わり、ここ数カ月引きずってきた諸案件の山も一段落する頃という絶妙なタイミング。「ぜひ伺います!ランチもご一緒に♪」と即答する。
竹橋のパレスサイドビルに向かい、会場に入ると受付には記帳したばかりの従姉の名前がある。これまた達筆。あら、もう着いてるのね、と奥を見ると彼女がにっこり微笑んだ。
恥ずかしながら、ちゃんと知らずに来てしまったが、「毎日書道展」というのは、毎日新聞社と毎日書道会が主催する日本最大の書道展である。書道文化の向上と書道芸術の相互錬磨のため、戦後間もない1949年に書壇を結集して「全日本書道展」を発足したのが始まりで、 “新しい時代の書道展”を旗印にした、伝統の書から、最先端の現代書まで、あらゆる分野を結集する総合展だとある。2025年の第76回展は公募、会友、役員あわせて約2万5千点を上まわる出品があったという。
その新会員の作品展が3月から4月上旬にかけて4期に分けて開催されていた中に従姉も新会員として出品したということだったのだ。会員になるには大変な審査があるそうで、会場に着いてからようやくそれを理解した私は、30年近く研鑽を積んできた彼女の書の道に感嘆しながら、作品を仰ぎ見た。

月のすむ川のをちなる里なれば
桂の影はのどけかるらん
『源氏物語』第18帖「松風」に登場する冷泉帝(冷泉院)が詠んだ歌だと従姉は教えてくれた。
文学の素養がない私は、教えてもらわないと何と書いてあるかも読めないし、物語のどういう場面であるのかもわかっていないが、美しい文字の流れにただただ見惚れるばかりだった。今さらながら『源氏物語』を読んでみたくなる。
漢字とかなの組み合わせや、元は漢字である崩し字のどれをかなに充てるかには、かなり自由度があるそうだが、弟子たちは師匠のお手本通りに書くのであり、墨の濃淡にも師匠のダメ出しがある。また、各行が真っすぐであれば良いわけではなく、このように斜めに流れていくのも、使った紙(新会員になったお祝いとして師匠から贈られたとても上質な紙の由)を引き立てるためにいかに余白をとるかという深い意図があり、画印の位置も試行錯誤する・・・聞けば聞くほど大変なメイキングプロセスがあるのだった。
さらに、書いた作品を掛け軸に仕立てるのは当然ながらプロの表具屋さんであり、どのような色合いの背景や上下の飾り(呼称を忘れた!)になって仕上がって来るかは作者である従姉本人も、会場で初めて見たというのだ。いやー凄い。
様々な書道会や流派があり、長年のたゆまぬ稽古によって書道家の表現が磨かれてゆく。書く文字の背景には連綿たる国文学の歴史があり、紙や墨や筆、表具などの「物」は奥深い伝統工芸の職人技に支えられている。そうして完成する美の世界は、まさに日本が誇るべき文化というほかない。
幼稚園のママ友に触発されて、書道を始めたという従姉。家事に育児に海外転勤という人生行路を歩みつつ、今日まで続けてきたのは、やはり「好きだから」と彼女は言う。毎日書道会の会員になるといよいよ自立が求められ、師匠の「お手本」というのがなくなるので、これからが大変だと語るその顔がイキイキと輝いていた。
近くの国立近代美術館の中にあるシェフ三國プロデュースのレストランでランチしながら四方山話に花が咲き、美味しい料理と皇居の眺めをゆっくり楽しんだ優雅な午後。子どもの頃は憧れのお姉さんだった8歳年上の従姉と、こうして親しく話せるようになるとは、年齢を重ねるのも悪くない…と思えた。彼女が30年を超えて、これからも自分なりに続けていこうとしている書の道を心からリスペクトしつつ、私もささやかな文章を書く仕事を自分なりに続けていこうと励まされる思いだった。
人生の妙を感じる機会と豊かな時間をくれた従姉への感謝を込めて。









