よろず編集後記

よろず編集者を目指す井内千穂のブログです。

第四話 白バラの誓い ~四つのバラのおはなし

亡き草間彌生が花々に話しかけられた幻聴に触発されて発掘した拙短編の完結編。

 

第三話はこちら。

chihoyorozu.hatenablog.com

 

第四話 白バラの誓い

その後、若者がどこをどう旅したのか、詳しいことはわかっていませんが、こういう世の中ですから、生きていくために苦労を重ねたことでしょう。もともとは、王様のお庭の世話という、かなり安全な仕事で生きていける安定した身分に生まれたわけですが、そこからはみ出した以上、なりふり構わずやっていくしかありません。修道院で庭の手入れをしながら修行する道も選ばなかったので、危険な旅の道中、まずは身を守るために多少は武芸の心得も要ります。あるときは、怪しい錬金術師のところで、しばらく居候したこともありますし、ムギ畑で百姓の手伝いをしたこともあります。農作業はきつくて、庭の手入れとはずいぶん勝手が違いました。

やがて、若者は、とある騎士に目をかけてもらい、その家来になって、お伴をしながらだんだんと武芸やその他の教養を身につけていきました。何度か戦いにも参加して、ついには騎士として認められるまでになりました。国を出てから十年ほど経っていたでしょうか。もう、今や庭師の若者の面影はなく、武勇の誉れ高い騎士となって、久々に故郷を訪ねてみたのです。

その小さな国は、たいして変わっていませんでしたが、やはり、度重なる戦禍に無縁ではなく、お城は荒れ、国の支配者も他の者が取って代わっていました。あの王様や王妃様はどうなったのだろうか? 庭師であった頃からすでに両親を亡くして天涯孤独の身であった騎士にとって、この国で多少とも縁があったのは、それこそ王妃その人だけと言えました。

騎士は城に向かい、時の支配者に面会を求めました。王とも呼べぬその男は、どこかの騎士団を抜け出して、この小国を乗っ取った、ならず者でしたが、武勇の誉れ高い騎士に対しては礼を尽くすようでした。王座の隣に座る女性の姿に、騎士は驚愕しました。

それは、あの王妃様ではありませんか! 十年の歳月は王妃から無邪気な明るさを失わせ、もちろん、若さも失われてはいましたが、その美貌にはますます磨きがかかり、あらゆる艱難辛苦を耐え抜いてきたからか、どこか凄みを兼ね備えていました。

王妃の方も、一目で騎士の正体に気がつき、その瞳に動揺が走りました。実のところ、王妃が今日まで生き延びることができたのは、あのとき、庭師が失踪してくれたからであり、もっと言えば、その後の戦いで、王様が命を落としたからとも言えるのです。人の運命とは酷いものです。彼女はこのならず者騎士の妻となることで、自分を守ってきたのでした。

「これは美しい奥方ですな。うらやましいことです」

庭師の騎士は、素知らぬ顔で、ならず者にお世辞を言いました。

「ああ、自分のような荒くれ者にはもったいないぐらいで」

やましいところのあるならず者騎士はあいまいに答えました。

「ぜひ奥方にお城の庭などを案内していただきたいのですが」

「もちろん喜んで。さ、この立派な騎士殿を案内してさしあげなさい」

庭師の騎士は、はやる気持ちを抑えて、王妃の後について城の庭へと向かいました。もとの自分の庭です。心臓が早鐘のように打ちました。庭に入ると、そこには一面バラの花が咲いていました。ほかの花はなく、すっかりバラ園になっていたのです。そして、バラはすべて真っ白でした。

「なんと! これは、あなたがそうさせたのですか?」

「ええ、わたくしの人生の残りは供養のために捧げてきたのです」

「亡き王様のためですか?」

「それもあります。でも、それだけではありません。あなたが生きていたなんて、今日まで夢にも思いませんでした。一体、どこでどうしておられたのです? わたくしを置いて、突然出て行ってしまうなんて、ひどいじゃありませんか!」

「ああ、許してください。いや、許してはもらえないでしょう。私は何度も死んだようなものです。あの頃の庭師はもうこの世にはいません」

「それなら、あの頃のピンクの好きな王妃だって、もうこの世にはおりません」

 

二人は顔を見合せて寂しく笑いました。

 

「それにしても、お互い、なんとしてでも生き延びようとする執念は凄いものですわね」

「我々が再会するまで、天が生かしておこうとしてくれたとしか考えられませんな」

「あら、そんなものの言い方。あなたは本当に変わりましたね」

 

そこへ、ならず者騎士の小姓が呼びにきました。

「宴の支度ができましたので、お城にお戻りくださいとのことです」

「ああ、それはかたじけない」

王妃はふと眉を曇らせて、庭師の騎士にささやきました。

「お気をつけあそばせ。夫は根が裏切り者です。くれぐれも油断なさいませぬよう」

「重々承知しておりますよ」


お城の広間で宴会がつつがなく行われました。酒を酌み交わし、庭師だった騎士にとっては懐かしい故郷の料理がふるまわれ、夜更けまで続きました。宴たけなわの頃、すきを見て、王妃が庭師の騎士に近づいてささやきました。

「明日の明け方、もう一度、あの庭にいらしてください」

何か決意を秘めているような表情に、庭師の騎士は不安になりました。

 

夜が明ける前に、約束通り、庭に出てみると、王妃はすでに先に来ていました。ただならぬ気配を感じて近づいてみると、白いドレスに点々と血の跡があるではありませんか。

「まさか!」

王妃は振り向きました。その白い顔はひきつって、さらに蒼白です。手には剣が握られていました。

「そうです。亡き王の剣です。本当に優しい方でした。わたくしが裏切っていたことをきっとご存じだったに違いないのに、あなたがいなくなったとき、わたくしのことは一切とがめず、黙ってお城に居させてくれて、胸の張り裂ける思いでした。わたくしはただのわがまま娘で、自ら命を絶つ勇気も、あなたを追いかける勇気もなかったのです。わたくしが王を愛していないこともご存じだったのに、その後の戦いで王は、わたくしを守るために命を落としてしまわれたのです。もっと早く復讐を果たすべきでした。わたくしはとっくに地獄に落ちた女です」

あまりのことに、庭師の騎士は、ひとことも言えないでいましたが、つと立ち上がって、王妃から剣を取り上げると、可憐な白いバラがたくさんついた枝をばさりと伐りました。そして、棘がたくさんある、その枝をぐっと思いきり握りしめたのです。

「なにをなさいますの!」

「このぐらい、あなたが流した血に比べたら何でもありません。今、私にはわかりました。今度こそ、私は逃げてはいけないのです。本当は、あのピンクの庭で私は亡き王様に捕らえられて死ぬべきでした。それなのに今日まで生き延びたのは、どうしてももう一度、王妃様にお会いしたかったからです」

「わたくしは、ひどい女ですよ。あのならず者の妻になったのですよ」

王妃はさめざめと泣きました。

「どうかご自分を責めないでください」

そして、もう一度白バラの枝を高く掲げると、騎士の手から滴る血が腕のほうまで流れてきました。

「美しいバラにはみな棘があるのです。弱いバラを守るために棘があるのです。棘があるから美しいのです」

(私はあなたの弱さも棘もすべて受け容れます。そして、必ずあなたを守ります)

今でも、肝心なところは口にできない庭師の騎士でしたが、その代わりに白バラを掲げて誓うのでした。

 

夜が明けると、お城の家来たちが異変に気づいて庭に集まってきました。王妃は血染めのドレスで堂々と立ち、こう言い放ちました。
「あなた方の主人は、わたくしがこの手で殺しました。何も言い訳はしません」

そして、庭師の騎士が続けます。

「私は亡き王にお仕えしていた者。一命に代えても王妃様をお守りする」

しかし、多勢に無勢ではどうしようもありません。庭師の騎士の懸命の戦いぶりも王妃が振るう亡き王の剣も空しく、二人は庭で最期を遂げました。あたりの白バラが血で赤く染まったと言います。主人であるならず者騎士の仇討ちだったとは言え、昨日訪ねてきたこの庭師の騎士に心服していた家来たちは、王妃と共に斃れた彼を悼んで、手厚く葬りました。王妃と二人を並べて、庭の最も美しい場所に。かつて、二人が座っていたベンチの辺りでしょうか。

それ以来、庭の扉は固く閉ざされ、誰も中に入った者はいないと言います。噂では、世にも美しいバラの園になっているとか。白ばかりではなく、かつて、王妃が愛したピンクのバラもあれば、真紅のバラも咲き、絵に描いたバラではなく本物の黄色いバラも咲いていました。いったい誰が世話をしているのか謎ですし、誰が見たのかも謎ですが、噂とはそんなものでしょう。庭師が葬られた庭なら、なんとなく、そういうことがあっても不思議ではないような気がします。庭師と言うのか、騎士と言うのか、王妃にとってはどちらでもよかったのですね。そうそう、余計なことですが、白バラの花言葉は、「心からの尊敬」、そして、「私はあなたにふさわしい」ということだそうです。

             

***

 

旅芸人は長い物語を終え、あたりは静まり返っていた。ところどころで、すすり泣く声がする。こんな結末を誰も予想していなかったのだ。人々はなかなか立ち去り難く、それぞれ、物思いにふけりながら家路についたのであった。

翌朝早く、また、リュートの音が聴こえると思って、外を見た人々は仰天した。緑のとんがり帽子をかぶり、灰色のマントを着た旅芸人を先頭に、町中の若い娘たちが列をなしてついていくではないか! 娘たちは各々の手にバラの花を持っていた。赤、ピンク、黄色、白、思い思いの色のバラを手に、魂を抜かれたように歩いている。親が呼んでも、恋人が呼んでも、まるで聴こえないように、リュートの音に合わせて、恍惚の表情で不思議な歌を口ずさみながら歩いて行く。やがて、町を囲む城壁までやってくると、門番達も魔法にかかったように抵抗することなく城門を開き、旅芸人と娘たちの一行は、街道をどんどん進んで行くのであった。


嘆き、泣き叫ぶ母親たちを残して、娘たちは去ってしまった。この話は、「ハーメルンの笛吹き男」ほど有名ではないが、「リュートの旅芸人とバラの娘たち」という伝説となってこの地方に残っている。一説によると、庭師の騎士と王妃が葬られた庭のある小さな城を、娘たちは修道院として使うようになり、庭のバラの世話も彼女達がやっているとか。矛盾した話だが、案外そうなのかもしれない。そして、旅芸人がいったい何者であったかは、今日まで謎のままである。(おわり)

第三話 絵に描いた黄バラ ~四つのバラのおはなし

亡き草間彌生の幻聴に触発されて、発掘した過去の拙短編の続き。

第二話はこちら。

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第三話 絵に描いた黄バラ

さて、みなさん、庭師の若者がその後どうなったか、気になるでしょう? 私も気になって方々訪ね歩き、訊いてみました。そして、とある修道院でこんな話を聞いたのです。

人里離れた山間の谷に建つ小さな教会の脇に、その修道院はありました。ローマ時代に起源をもつと言われますが、古いだけで今ではすっかり寂れてしまい、どこか頽廃した雰囲気が漂っていました。修道院とは言っても、戒律がそんなに厳しいわけでもなさそうでした。

ある朝早く、一人の若者が修道院の入口にたたずんでいました。中へ入ろうかどうしようか、若者はしばらく迷っていましたが、意を決して分厚い一枚板の扉をノックしてみました。すると、ギイイッと軋んだ音がして扉が開き、中年の小柄な司祭が顔を出しました。

「どなたかな?」

「あのう、隣の国から旅してきた者です。もう、旅費も食べ物も尽き果てました。どうか、何か恵んでいただけませんでしょうか?」

「お若いの、なぜにそのような旅をして来られたのかな? まあよい。まずは朝食でも一緒にいかがかな」

「ありがとうございます」

痩せて青ざめた若者の顔が弱々しく微笑みました。

質素ながらも、誰かと一緒に食事をするのは久々です。若者は少し元気を取り戻して言いました。

「ご親切に感謝します。やっと懺悔する元気が湧きました。どうか私の罪深い話を聞いていただけませんか?」

「ほう、それはもっともじゃな。では、向こうの教会のほうへ移るとしよう」 

 

ありきたりの懺悔室でしたが、普通と違うのは、懺悔する若者が聴き手の司祭と既に食事を共にしたため、顔を合わせていることでした。普通は互いに顔を知らないで懺悔するものですからね。しかし、若者にとっては、とにかくやっと話す気になったので、聴いてくれる人がいるだけでいいのでした。……隣国で王様のお城の庭師であったこと。ピンクの庭での王妃との密会。ある夜の禍々しい出来事。そのまま逃げてきてしまい、あれから王妃がどうなったのか気懸かりだと。驚くべき話でしたが、そこは世間を捨てた司祭。落ち着き払って、まず言ったのは、

「ほう、ピンクの庭ね。それは罪な色じゃのう」

「はい。そもそも庭をピンク色にするなんてことを思いつかなければよかったのです」

若者は素直に非を認めます。

「まあ、その時点では良かれと思ってやったことなのだから、そう自分を責めることもあるまい。しかし、ピンクは良くなかったな」

若者は、話すうちに落ち着いてきましたが、今度はこの司祭をどこまで信じていいものやら不安になってきました。まさか、この懺悔を聞いて、隣国の王様の前につき出すなんてことはないだろうけど…。それにしてもさっきから「ピンクが良くない」ことをやたら繰り返すばかりで、あまり聖職者という感じがしません。それでも、流浪の旅に疲れた自分を温かく迎えてくれた親切に対し、お礼ぐらいはしようと思いました。

「おかげさまで、だいぶ元気が湧いてきました。お礼にお庭の手入れなどをさせていただこうかと思うのですが」

「ほうほう、それはこちらとしても有り難い。なにしろ、庭師を雇うほどの余裕がないもんで、あちこち草ぼうぼうじゃ。枝葉ももっと落としたほうがよさそうじゃ」

「わかりました。お安いご用です」

懺悔室を出て、司祭は若者の先に立って案内しました。そこかしこで、グレゴリオ聖歌の調べをしずかに歌いながら、祈りを捧げたり、掃除をしたり、分厚い聖書を読んだりしている若い修道士たちがいます。こういう生活も悪くないなぁ、いっそ、自分も修道院に入ろうかな……と考えていたとき、司祭に声をかけられて我にかえりました。

「ここじゃ。うちの庭はピンクではないぞ」

「は?」

見回すと、中庭にはたくさんの黄色のバラが咲いていました。

「ああ、そういうことですか。黄色もきれいですね」

「ははは、そうかな。うちにはバラしか植わってないぞ」

中庭を囲む回廊のあちこちに描きかけのキャンバスの載ったイーゼルが置いてあります。若者は興味を持って、イーゼルを覗き込んでいきました。

「お上手ですね。このたくさんの絵はどなたが描いておられるのですか?」

「わしじゃよ。元は画家じゃった」

司祭はそう言うと、やおら絵筆を取り出して、キャンバスに向かい始めました。同時進行でいくつものイーゼルがありますが、そのどれもが描きかけの黄色のバラの絵でした。

「黄色のバラがお好きなんですねえ」

「黄色のバラが好きなわけではなくて、黄色のバラの絵が好きなんじゃよ」

「同じことではないのですか?」

「いや、違うね、お若いの。おまえさんの失敗は、バラの花そのものに触れたことにある。そして、バラの棘にやられたということじゃよ。まあ、庭師なんだから、当然と言えば当然のことだが」

「よくわかりません」

「つまりだな、バラの花なんてものに直に触ったらろくなことはないということじゃ。この歌を覚えておくといいぞ」

司祭は、キャンバスにせっせと黄色や緑で色を足していきながら、鼻歌を歌っています。ラテン語なのでよくわかりませんが、要するに、こう言っているようでした。
  ♪バラの花には棘がある~
   みんなみんな棘がある~

「だから、バラなんてものは絵に描いたもののほうがよいのじゃ。そうすれば、傷つくこともない」

(それが結論なのか?そんなバカな!)

「では、あなたは一生世間から隔絶された修道院の中で、バラの花に触れることなく描き続けるというのですね」

「ああ、それこそがわが生きる道。画家だからな」

司祭はのっぺりした顔で、ことさら芝居がかった言い方をしました。

「申し訳ありませんが、私にはそういう生き方はできません。いろいろとご親切ありがとうございました。本当に感謝しております。あなたが絵を描いている間に、バラ達の手入れをいたしましょう。……そのあと、おいとますることにします」

「はあ、なら、そうしてくれ」

司祭はきょとんとした顔で答えました。

若者がバラに水をやり、余計な枝葉を刈り込んで、咲き過ぎた花を摘んでいると、画家司祭はまた絵を描き始めました。

  ♪バラの花には棘がある~
   みんなみんな棘がある~

若者は深く失望して、やっぱり修道院に入るのはやめようと思いました。
(バラの花に棘があるのは当たり前じゃないか!)

 

修道院の中庭の黄色のバラたちは、みんな澄ました顔で、自分こそは一番美しく、今日も描いてもらえるだろうと期待しています。もともと庭師なので、花の状態には敏感でしたが、あのピンクの庭のバラ事件以来、若者には花の気持ちが痛いほどわかるようになっていました。旅先の道中でも、花たちのつぶやきや嘆きがしょっちゅう聞こえてきました。一見静かなこの修道院の中には、なんとも言えない、牽制し合うような空気が淀んでいました。それは、黄色のバラたちが互いに張り合っていたからでしょう。

「あたしが一番よ」

「なによ、あたしのほうがきれいだわ」

「あたしはもう何枚も描いてもらったのよ」

「なにさ、習作ばっかりのくせに」

こんなささやき声が聞こえてきて、若者は暗い気持ちになりました。なにしろ、人里離れた修道院の中庭で一生を過ごすバラたちです。自分たちを愛してくれるのは、のっぺりした画家の司祭だけ。それも、絵に描くだけで、指一本触れてくれるわけではないのです。黄色のバラの花言葉は「嫉妬」です。互いに張り合う嫉妬。それから、狭いところに閉じこもった者が、外の世界に対して持つ屈折した気持ち、これも一種の嫉妬ですね。

失望しつつも少し元気を回復して、若者は外に出ようと思いました。広い世界を見に、旅を続けることにしたのです。

***

旅芸人は、一枚の小さな絵を掲げてみせた。確かに、黄色のバラの花が巧みに描かれている。しかし、それはあくまでも絵に描いたバラであって、いくら眺めても、本物のバラが持つ馥郁たる香りやみずみずしい花びらや鋭い棘に触れることはできない。旅芸人は絵をマントで覆ったかと思うと、さっと身を翻した。マントをめくると、そこにはもう絵はなく、代わりに真っ白の可憐なバラが一輪現われた。もう、こうした手品に慣れてきたはずの人々も、また、どよめくのだった。(続く)

 

第二話 ピンクのバラに変身 ~四つのバラのおはなし

松本市美術館で買ったグラフィック・ノベル『KUSAMA』冒頭で、野の花々が「やよい!」「やよい!」と話しかけてくる幻聴に悩まされた草間彌生の幼少期を読んで、思い出した拙短編『四つのバラのおはなし』の続き。

 

第一話はこちら。

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第二話 ピンクのバラに変身 
 
昔々、ある小さな国の王様のお城に美しい庭がありました。その庭には、お妃のために王様が植えさせた四季折々の美しい花々が咲き乱れていました。今頃の季節ならば、バラ、ユリ、ボタン、シャクヤク、カンナ、グラジオラス、ナデシコ、カーネーションといった夏の花達が咲き誇っているでありましょう。 

ただ、一つ変わった点はと言いますと、お庭に一歩足を踏み入れたとたんに、誰でも驚くことですが、花がすべてピンク色だったことです。それは、王妃様がピンク色をことのほかお好みだったからです。

このお庭の世話をしていたのは、王様お抱えの庭師でした。まだ二十歳になるかならぬかの姿の良い若者で、祖父の代からこのお城のお庭の管理を一手に任された家系の跡取りでした。子どもの頃からおじいさんやお父さんを手伝って、お城の庭に出入りしていたのです。

異国から王妃が輿入れしてきたとき、人々はその美しさに魅せられました。城内の家来たちは、王妃に気に入られるために少しでも目立とうと、競って手柄を立てたがりました。王様は、家来たちがそんな風に「やる気」を出すのを好ましく思い、そんな気にさせる王妃が自慢でした。

庭師も、美しい王妃に対して若者らしい憧れを抱き、自分が立てられる手柄はないかと考えました。そして、気がついたのです。王妃の大好きな色はピンクだということに。それまで、お庭はピンク以外にも、赤、白、黄色、オレンジ、紫、青など、さまざまな色彩に溢れていたのですが、庭師は花たちを徹底的に整理して植え替えたのです。ほどなく、お庭は一面のピンクの花で埋め尽くされました。ある朝、散歩にお出ましになった王妃は庭を一目見て感嘆の声をあげました。

「まあ!なんて美しいのでしょう!」

その夜から王妃は庭師を恋人にしました。二人はピンクの庭で逢瀬を重ねるようになりました。のんきな王様は気づきもしませんでしたが。

ある夜のことです。王妃はまたこっそりお城を抜け出し、ピンクの庭で庭師と過ごしていました。満月が昼のように明るく照らし、咲き乱れる花たちの姿をくっきり浮かび上がらせます。

「ねえ、あなたのいちばん好きな花はなあに?」

王妃が甘ったるい声でたずねました。

「私は庭師です。どの花も愛しています」

「あら、そんな優等生みたいなこと。つまらないわね。それは、どの女もみな愛しています、というのを同じじゃないかしら?」

「それはそうですが」

「そういう博愛主義はきらいよ。わたくしは、はっきりしていますもの。色はピンク、そして、花はやっぱりバラだわ」

「わかりました。おおせのとおりに」 

庭師は困惑しながらもそう答えました。正直言って、庭師は王妃の寵愛をだんだん重荷に感じるようになっていました。そりゃ、そうでしょう。もともと憧れの女性に認めてもらいたいだけの気持で庭をピンクにしてみたわけですが、それが王妃のお気に召し、王様もとても喜んで褒めてくださったのです。それなのに、こんなことになるなんて、庭師は罪の意識に苛まれました。実際、人の知るところになれば、死罪は免れないでしょう。

王妃が城の部屋に戻って行ってから、庭師は夜更けの庭で一人、憂いに沈んでいました。これからどうしたらいいのだろう。花たちは月明かりに照らされて競うように咲き誇っています。
(どの花もなんと見事なことだろう。この中で一番とか二番とか、そんな順位をつけることなんてできやしない)
庭師は、今まで王妃と並んで座っていたベンチに一人腰かけ、バラの花をぼんやりと眺めました。大輪のピンクのバラは、ひときわ美しく、その馥郁たる香りも相俟って、ほかの花とは別格の堂々たる姿です。

(まるで、王妃様のようだ)

だからこそ、王妃は「花はやっぱりバラだわ」と言ったのでしょう。

(博愛主義はお嫌いだといった。やっぱり私が優柔不断なのがいけないのだ。だいたい、こんなことになったのも、私がきちんと言えなかったからだ。私は罪を犯してしまった。もはやどうすることもできない)

庭師は絶望的な気持ちで、なおもピンクのバラを見つめました。バラはいよいよ強い香りを放ち、妖しいまでの艶やかさで誘惑します。
(ああ、私はもう、このバラを愛するよりほかないのだ。今さら王様に詫びたとて許されるはずもない)

そのとき、ふっと庭が陰りました。晴れていたはずの夜空にいつの間に雲がかかり、月明かりが遮られたのです。先ほどまで、夜とは思えぬ不思議なピンク色が冴えわたっていた庭は、暗くなると急に色彩を失って沈黙しました。

庭師は、何かいやな予感がするのを振り払いながら、暗闇の中で息をひそめていました。ザザザザッと一陣の風が吹き、雲を払ったかと思うと、皓々たる満月の光が再び庭を照らしました。

(あっ!)

庭師は声にならない叫びをあげました。なんと、庭に咲く花達がみなバラになったではありませんか! ……ただし、花だけです。むかごを宿したすらりとした葉がついた長い茎の先には今まで咲いていた優雅なユリの代わりに立派なバラの花がついていました。そこのカーネーションの細い茎はバラを頂いた重みで垂れ下がっています。池の水面にもスイレンに代わって、バラが浮かんでいます。小柄なホウセンカにもバラの花がつき、グラジオラスなどは、いくつものバラが並んでいるというように。

庭師は言いようのない禍々しさを感じて目をそむけました。なんということだ! こんなことがあろうはずがない。これは悪夢を見ているに違いない。もしも本当のことだとしたら悪魔の仕業だ。
「やっぱり花はバラだわね! ホーッホッホッホッホッホッホ……!」
悪魔の高笑いを聴いたような気がしました。

(自分が犯した罪に対し、このような罰を与えられてしまったのだ。なぜ、私はちゃんと言えなかったのだろう? 王妃様、私は分不相応な望みなど抱いてはおりませぬと。分をわきまえ、庭師として精一杯の仕事をすれば満足です。王妃様もどうかお立場をお忘れになりませぬよう)
(王妃様、御覧ください。花はバラだけでしょうか? 確かにバラは美しい。でも、この庭に咲くどの花も、その花だからこそ美しく、分をわきまえ、精一杯咲いて自らの美しさを全うしているのです。ああ、ちゃんと、そう申し上げるべきだった)

夜が明けないうちに、庭師は国を出ました。祖父の代から受け継いだ庭を離れ、あてのない旅に出たのです。それが王妃を救う唯一の道かどうかもわかりませんでしたが。

朝になって、王妃がいつものように庭に出てみると、花壇には様々な茎や葉をもった「ピンクのバラ」が咲き乱れていました。それから、恋人の庭師といつも並んで腰かけていたベンチに艶やかなピンクのバラの花が一輪、枝ごと折り取って置かれているのを見つけました。

「ああ、なんということ……!」

 


ピンクのバラの花言葉は、「満足」です。分相応に、自分に与えられた生を、精一杯生きること。それを忘れた愛憎が引き起こす不幸な出来事の数々をかみしめ、私は姿を消した庭師の若者に同情を禁じ得ないのです。(続く)

第一話 深紅のバラよ、永遠に ~四つのバラのおはなし

松本で買ったグラフィック・ノベル『KUSAMA』の冒頭、花々が話しかけてくる幻聴に悩まされて「いやぁー!」と叫びながら、子ども時代の草間彌生が走る。すみれの花が喋る禍々しい表情を見て、昔、ライタースクールの課題として書いた短編小説を思い出した。バラの花をめぐる小っ恥ずかしい作品で、花が喋る禍々しい場面も出てくる。もとより小説家になれるとは思ったこともないが、課題は熱心に書いたものだ。読み直してみると意外と面白かったので(笑)、ここに貼っておこう。

*****

四つのバラのおはなし

ある夏のこと、町に一人の男がやってきた。彼は、旅芸人だと言ったが、誰もその名を知らない。旅芸人は町の広場の噴水の縁に腰かけ、リュートをポロンポロンとつまびきながら、不思議な調べの歌を聞かせた。彼がいつからそこに座り始めたのか、誰も覚えていない。始めは誰も相手にしていなかったが、不思議そうに眺める子どもの姿がちらほら見えるようになったと思ったら、やがて、町の子ども達が大勢集まって、旅芸人と一緒になにやら歌いだすようになった。子ども達がなかなか家に帰ってこないので、心配して様子を見に来た親達は、旅芸人に文句を言おうとしたが、逆に、リュートの調べに引き込まれ、今度は親達が歌いだすのであった。

彼が、どこから来たのか誰も知らない。若いのか、だいぶ年をとっているのか、緑のとんがり帽子を目深にかぶった、灰色の長いマント姿では、よくわからない。実は、ああ見えてカール大帝のご家来筋の宮廷のお抱え楽師が、諸国の事情を偵察するために派遣されているのだとか、あるいは、あれはワルトブルグの城で行われた歌合戦にも出場した立派な吟遊詩人で、巡礼と修行を兼ねて諸国遍歴中なのだとか、いろいろ噂はあるが、憶測の域を出ない。饒舌な旅芸人も、自分のこととなると黙して語らず、恋の歌などを奏で始めて話題をそらすのであった。

そのうち、彼の素性などはどうでもよくなり、町の人々は、夏の夜のひととき、リュートの調べに乗せて語られる不思議な物語に耳を傾けるだけで満足するようになった。今夜も、なかなか沈まぬ夏の太陽が、ほんの少し傾きかけた夕食後、石畳の広場をそぞろ歩く人々が、噴水の周りに三々五々集まってきて、旅芸人が登場するのを待つ。

 これは、みなさんおそろいで、
 集まり下さりありがたや
 手前はしがない旅芸人
 諸国を巡って語ります 
 そこのきれいなお嬢さん 
 あなたの胸のバラ一輪
 手前はそっと摘みました 
 手品をご覧にいれましょう
 それではみなさん、始めます 
 四つのバラのおはなしを

リュートを抱えて裏小路からふらりと出てきた旅芸人は、緑のとんがり帽子を脱いで、どこかから摘んできた白いバラの花を帽子の中に入れた。若い娘たちは、バラの花のように胸に棘刺す恋の悩みを抱えている自分こそが、「きれいなお嬢さん」と声をかけられたような気がして、旅芸人の手先を見つめる。いったい何が始まるのかしら? 一呼吸置いて、旅芸人が帽子から取り出したのは、大輪の真紅のバラであった。
 

***

第一話 真紅のバラよ、永遠に

昔々、ある森のはずれに一人の木こりが住んでいました。男は森の木を切っては丸太や板にして、テーブルや椅子を作る村の家具職人に売ったり、小枝を集めて器用に籠を作って、直接村人に売ったりして、暮らしを立てていました。  

村人たちは、

「男一人では何かと不自由だろう。そろそろ女房をもらったらどうだ?」
と度々勧めました。しかし男は、
「いやあ、俺のような男と一緒に暮らしたら退屈するだろうし、俺も一人のほうが気楽でいいんだ。なあに、男一人だって不自由なんてあるもんか。今までだってそれで平気だったさ」
と答えて静かに笑うのでした。

男の質素な丸太小屋は、森の狼や熊が入ってこないように、しっかりした柵で囲ってありました。囲いの中の小さな庭で、男は丹精こめてバラの花を育てていました。それも、沢山ではなく、たったの一本です。一本のバラの木がすくすくと伸びた先には、たった一つの見事な大輪の真紅のバラが咲き誇りました。男はその真っ赤なバラのつぼみがついに開いた日の朝、満足げに微笑みました。
「ああ、今年もまたバラが咲いた。俺のバラが」


しかし、バラが咲き始めてからというもの、男は落ち着かなくなりました。咲くまでの間は、とにかく一生懸命育てるだけでじゅうぶん幸せな気持ちになれたのですが、こうして完璧なまでに美しい真っ赤なバラが庭にあると、心配でしょうがないのでした。誰か村人が男を訪ねてきて、
「おお、見事なバラだなあ」
などと、褒めそやすとますます不安になりました。

あいつは、今夜にでも俺が寝たすきに庭に忍び込んで、俺のバラを盗んでいくかもしれない。いや、きっとそうだ。そうでなくても、何か悪い虫でもついたら大変だ。せっかくの花が病気になって、枯れてしまったらどうしよう。何の虫もつかず病気にもならなくても、今夜、雨が降ったらどうしよう。せっかくのバラが雨に打たれてしおれてしまうではないか? いずれにしても、今はこんなに美しい花も一週間もすれば、色褪せて茶色を帯びた花びらが醜くめくれあがり、開ききった花の舞台からベラリと落ちていくのだ……いやだ!そんな姿は見たくない。俺の花は永遠に美しくなければならない。誰にも盗られたくないし、醜い姿を見たくもない。断じていやだ。

真紅のバラをどうしたらいいか思い悩みながら、男は庭をぐるぐる歩き回ってはバラの前に来てじっと花を見詰め、はあぁ…とため息をついて、またぐるぐる歩き回って、ふと部屋に入ったかと思ったら、鋭く光るはさみを持って出てきました。男は怪しい笑みを浮かべ、その眼はらんらんと輝いています。

「そうだ! 今が一番美しいのだ。今のこの姿こそを永遠にとどめておかなければならないのだ。俺が育てたバラを俺のそばに」
男は、大輪の真紅の花を頂いたバラの木をちょんぎりました。切ったバラの枝を高く掲げて部屋に戻り、寝室の窓辺の天井から逆さにつるしました。

「これでよしと」

男の家を訪ねる村人たちも、寝室まで入って来ることはないでしょう。でも、家の裏手に回ると、外からでも、寝室の窓辺に赤いバラが逆さにつるされているのが見えるのです。それも一輪ではありません。これは今年の、その隣には去年の、その隣は一昨年の、そのまた隣は三年前の……これなんか、いったい何年前の花でしょう。みな鮮やかな赤です。よく色を保っています。花としての絶頂で切り取られたバラ達が無言で吊るされています。時折、かすかに音がします。ふと木の床に落ちた赤い花びらの乾いた音なのです。

赤いバラの花言葉をご存じですか? そう、「貞節」です。男は、また来年も丹精こめてバラの花をたった一輪育てるでしょう。そして、窓辺のコレクションがまた一つ増えるでしょう。

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旅芸人は、ほっと一息つくと、赤のバラを逆さに吊るす仕草をして見せた。と、みずみずしかった赤いバラの花がみるみるうちにドライフラワーのような花のミイラになってしまった。噴水前の見物人からどよめきが起こり、若い娘たちは顔をそむける。旅芸人は落ち着き払って、赤バラのミイラを噴水の水に浸した。
すると、何ということだろう! バラはピンクに変わっていた。(続く)

KUSAMA逝く

今回の自分の記事が小さなMusic:Reviewであることはわかっていたが、掲載紙のcultureのページを開いたら、その上にある草間彌生の巨大な写真に目を奪われた。たまたまだろうが、そういう紙面構成になっている。

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2026年8月14日、97歳で亡くなった草間彌生。たまたまだが、今年のセイジ・オザワ松本フェスティバルが始まる前日だ。

毎年このフェスティバルを聴きに行く時、必ず松本市美術館に立ち寄ることにしている。ここには松本出身の草間彌生の常設展があるのだ。黄色と黒のカボチャの作品や、赤白の水玉の作品はそれほど好きではないし、基本的によくわからない作品が多いが、何故か心を惹かれてリピートしている。何度も来るうちに、鏡張りの部屋にシャンデリアが無限に映り込んでいる作品や、上下の鏡面の間に梯子があって上にも下にも無限に続くように見える作品などは、すっかり馴染みになった。美術館の外に並ぶカラフルでパワフルな花の造形は素直に好きだ。

好きか嫌いかでしか見ていなくて申し訳ないが、それで良いと思っている。彼女の絵の中で一番好きなのは、人の横顔と目と点と植物のようなアメーバのような生き物がぞろぞろ並んで蠢いているようなカラフルな作品だ。「果てしない人間の一生」というタイトルも相俟って心に響いた。

何と言っても毎回見入ってしまうのは、常設展の最後に掲げられている彼女の詩。

「花咲ける信濃路の姿は春の香り高く」から始まり、中ほどには、いつの間にか世俗のアイドルにさせられて驚いている、というようなことが書かれ、まだまだ求道は遠いのにやがて死に直面する孤独が語られ、「さようならわたしの生涯よ、天に飛んでいって!」と叫ぶように終わる。この詩、いつ頃書いたのだろうか。

ミュージアムショップで、イタリア人が描いた「KUSAMA」というグラフィック・ノベルを見つけ、買って帰った。

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花々が話しかけてくる幻聴に悩まされ、両親にも理解されなかった幼少期、日本を飛び出して極貧から前衛芸術家として華々しく活動したニューヨーク時代を経て、日本に帰った後の疎外感までが、日本のマンガとは違った独特のタッチの絵で描かれる。草間彌生の顔の表情や、元はイタリア語で書かれた吹き出しの台詞の日本語訳がなかなか味わい深い。あの詩の叫びが少しだけわかったような気がした。

それにしても、あれほど誰にも理解されなかった故郷の松本で、いつからか市立の美術館に常設展があるだけでなく、美術館の外壁も水玉、自販機にもトイレの鏡にも水玉。街を走るコミュニティバスにも草間作品のラッピング。何十年か経つと、これほど「愛される」ようになるとは驚きだ。

それでも、あの詩を読む限り、ご本人はそのことに決して満足していなかった。実際、亡くなる直前まで、毎日朝から晩まで絵を描き続けていたという。

無限の芸術を死ぬまで追い求め続けたことには満足だっただろうか。

 

 

松本へ再び~通い続ける理由

音楽の記事をほとんど書かなくなっても、年に一度、松本で開催される音楽祭のことを前職の媒体に書く機会に恵まれている。ご縁に感謝するほかない。

2022年夏www.japantimes.co.jp

2023年夏

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2024年2月の追悼記事

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2025年夏

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一方で、もはや音楽ライターではないのに、聴きに行くだけでなく、取材した記事を書こうと思うのはなぜだろう?と毎年、自問自答する。

今回記事にしたのは、いつもの年とは少し趣の異なるフィナーレだった。

もちろん、サイトウキネン・オーケストラがメシアンのトゥランガリラ交響曲やブルックナーの交響曲8番を演奏したコンサートはいずれも素晴らしかったのは言うまでもない。それについては既に諸所で記事がたくさん出ていることだろう。

The Japan Timesの編集部からは、「そのフェスティバルのことは何度かカバーしているし、昨年もロングインタビューを掲載したから、今回は今年ならではのトピックで一般読者にとって意味のある内容の短いレビューを」というオーダーがあった。

そこで、「セイジ・オザワ 松本フェスティバルとしては18年ぶりとなるオルガンの登場」(案内のメールより)、「ガボール・タルコヴィ、高橋敦との顔合わせでは、オルガンと相性のよいトランペットとのアンサンブルを。バロックから20世紀まで、タルコヴィ渾身のプログラム」(公式サイトより)というフィナーレにフォーカスすることにした。 

松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール)のシンボルともいえるパイプオルガンの音色を聴いてみたいとも思ったのだ。

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ウェブ版には写真が3点使われ、それなりの記事に見えるが、紙面ではCultureページの下部の小さな記事だ。それでも、Music: Reviewと書いてもらったのは初めてかもしれない。ちょっと嬉しい。

紙媒体の見出しは、Seiji Ozawa classical music festival surprises with pipe organ finaleとなっている。紙媒体とオンラインで見出しが異なるのはよくあり、オンラインでは検索キーワードに引っ掛かりやすいように、紙媒体のコンパクトな見出しにあれこれ追加した感じになるのがよくあるパターンだ。しかし、今回これほど違った見出しをつけたのは、それぞれの読者層を意識したからなのだろうか。ここは編集部に確認してみたいところだ。

8月29日、ブルックナーの演奏会直前の時間帯に、元ベルリンフィルの首席トランペット奏者であるガボール・タルコヴィさんと、東京都響の現役の首席トランペット奏者である高橋敦さんへの対面のインタビューが叶った。このフェスティバルを取材しながらも、ここ数年できなかったことだ。昨年の沖澤のどかさんへのインタビューはZoomだった。超一流トランペット奏者たちに直接お会いする前にはかなり緊張したが、話し始めるとお二人とも気さくで、時折起こる笑いからも仲の良さが伝わってきた。

タルコヴィさんが初めてサイトウキネン・オーケストラ(SKO)に参加した2007年のベルリオーズの「幻想交響曲」のリハーサルの時、第4楽章(断頭台の行進)のトランペットの華々しい音に、「マエストロ小澤は『ワオ!ライク・ア・ビッグ・キャデラック!』って言ったんですよね」と高橋さんが語ったエピソードが傑作だった。「幻想交響曲」は、私も学生時代に演奏した(断頭台の行進の最後の小太鼓のトレモロと終楽章の大太鼓だった)ので、そこのトランペットの高らかな旋律は忘れようもない。状況があまりにも想像できて一緒に爆笑した。

今年のフィナーレ。大木麻里さんが弾くパイプオルガンと共演したトランペットは、そうした「オーケストラの中では”サウンド・マシーン”」(タルコヴィさんの表現)とはひと味違った哀愁の音色だった。とくにタルコヴィさんが吹くバッハのアリオーソは天上からのお告げのように心に響いた。川本嘉子さんのヴィオラとパイプオルガンによるヒンデミットの「葬送音楽」もしみじみ沁みた。

小規模の室内楽では、一人ひとりの音楽家の音が際立ち、人と人が心を通わせる究極の形であるアンサンブルが、聴く人の心を震わせる。今年のフェスティバルが、室内楽のコンサートで締めくくられたことの意味をかみしめた。つまり、そのようにソリストとして立つことができる音楽家たちが結集して演奏するサイトウキネン・オーケストラの演奏の凄みを、このアンサンブルの妙が語っているのではないか。

プロのオーケストラは企業のようなもので、ベルリンフィルやウィーンフィルなどは超一流企業というところ。そう簡単に団員になれないが、プロの仕事として常に演奏会を共にしている。一方、サイトウキネン・オーケストラは、年に一度のフェスティバル期間中だけ集まる祝祭オーケストラなのだ。普段はソリストだったり、室内楽奏者だったり、オケの首席奏者だったり、諸所で各々の活動をしている音楽家たちが、「共に音楽の高みを目指す」というマエストロ小澤のビジョンに共鳴して松本に集まっていた。

マエストロ亡き後、どうなるのだろう?とも思ったものだが、タルコヴィさんは、「もちろん、セイジがいなくなって寂しい。でも、やめようなんて考えたこともない。仲間たちと会って、一緒に音楽をやるために、毎年ベルリンから来るよ」と言った。「仕事じゃないんだ。フリータイムさ」とも。そして、今年も素晴らしい音楽をつくったのであった。

もとより私は音楽評論家ではないが、サイトウキネン・オーケストラの演奏は、「独立していること」と「仲間をつくって力を合わせること」の両立があり得る、国境を超えて言葉を超えて、人間は自発的に心を合わせて高みを目指すことができるという希望の象徴のように思える。だから私は、音楽の論評ではなく、そのような人間の営みの価値を伝えたくて記事を書き続けてきた。そういうことだと改めて思った。

来年の夏もまた松本に行けるかどうか…毎年これが最後だと思う一期一会の音楽だ。

f:id:chihoyorozu:20261004011122j:image2026年8月29日、ブルックナーの交響曲8番の演奏会を控えたキッセイ文化ホールのロビーにて、インタビューさせていただいた高橋敦さん(左)とガボール・タルコヴィさん。

流麗なる書道の世界

2月の終わり、ふと書道展の案内の葉書が届いたと思ったら従姉からだった。

「春を感じる日々になりましたね♪」から始まるさりげなくも整った筆跡と文面。29年間続けている書道の小品が出展されるという。「お忙しいでしょうしご無理だとは思いますが、万一、お立ち寄りいただけましたら、ランチご一緒しましょう!」

なんと嬉しいお誘い! しかもちょうど確定申告が終わり、ここ数カ月引きずってきた諸案件の山も一段落する頃という絶妙なタイミング。「ぜひ伺います!ランチもご一緒に♪」と即答する。

竹橋のパレスサイドビルに向かい、会場に入ると受付には記帳したばかりの従姉の名前がある。これまた達筆。あら、もう着いてるのね、と奥を見ると彼女がにっこり微笑んだ。

恥ずかしながら、ちゃんと知らずに来てしまったが、「毎日書道展」というのは、毎日新聞社と毎日書道会が主催する日本最大の書道展である。書道文化の向上と書道芸術の相互錬磨のため、戦後間もない1949年に書壇を結集して「全日本書道展」を発足したのが始まりで、 “新しい時代の書道展”を旗印にした、伝統の書から、最先端の現代書まで、あらゆる分野を結集する総合展だとある。2025年の第76回展は公募、会友、役員あわせて約2万5千点を上まわる出品があったという。

毎日書道会

 

その新会員の作品展が3月から4月上旬にかけて4期に分けて開催されていた中に従姉も新会員として出品したということだったのだ。会員になるには大変な審査があるそうで、会場に着いてからようやくそれを理解した私は、30年近く研鑽を積んできた彼女の書の道に感嘆しながら、作品を仰ぎ見た。

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月のすむ川のをちなる里なれば
  桂の影はのどけかるらん

『源氏物語』第18帖「松風」に登場する冷泉帝(冷泉院)が詠んだ歌だと従姉は教えてくれた。

文学の素養がない私は、教えてもらわないと何と書いてあるかも読めないし、物語のどういう場面であるのかもわかっていないが、美しい文字の流れにただただ見惚れるばかりだった。今さらながら『源氏物語』を読んでみたくなる。

漢字とかなの組み合わせや、元は漢字である崩し字のどれをかなに充てるかには、かなり自由度があるそうだが、弟子たちは師匠のお手本通りに書くのであり、墨の濃淡にも師匠のダメ出しがある。また、各行が真っすぐであれば良いわけではなく、このように斜めに流れていくのも、使った紙(新会員になったお祝いとして師匠から贈られたとても上質な紙の由)を引き立てるためにいかに余白をとるかという深い意図があり、画印の位置も試行錯誤する・・・聞けば聞くほど大変なメイキングプロセスがあるのだった。

さらに、書いた作品を掛け軸に仕立てるのは当然ながらプロの表具屋さんであり、どのような色合いの背景や上下の飾り(呼称を忘れた!)になって仕上がって来るかは作者である従姉本人も、会場で初めて見たというのだ。いやー凄い。

様々な書道会や流派があり、長年のたゆまぬ稽古によって書道家の表現が磨かれてゆく。書く文字の背景には連綿たる国文学の歴史があり、紙や墨や筆、表具などの「物」は奥深い伝統工芸の職人技に支えられている。そうして完成する美の世界は、まさに日本が誇るべき文化というほかない。

幼稚園のママ友に触発されて、書道を始めたという従姉。家事に育児に海外転勤という人生行路を歩みつつ、今日まで続けてきたのは、やはり「好きだから」と彼女は言う。毎日書道会の会員になるといよいよ自立が求められ、師匠の「お手本」というのがなくなるので、これからが大変だと語るその顔がイキイキと輝いていた。

近くの国立近代美術館の中にあるシェフ三國プロデュースのレストランでランチしながら四方山話に花が咲き、美味しい料理と皇居の眺めをゆっくり楽しんだ優雅な午後。子どもの頃は憧れのお姉さんだった8歳年上の従姉と、こうして親しく話せるようになるとは、年齢を重ねるのも悪くない…と思えた。彼女が30年を超えて、これからも自分なりに続けていこうとしている書の道を心からリスペクトしつつ、私もささやかな文章を書く仕事を自分なりに続けていこうと励まされる思いだった。

人生の妙を感じる機会と豊かな時間をくれた従姉への感謝を込めて。