よろず編集後記

よろず編集者を目指す井内千穂のブログです。

シューベルト最後の3大ピアノ・ソナタ

また半年が経って初夏。このところ、田崎悦子さんのピアノを聴きに行くことで、とっ散らかった日々をリセットしている気がする。昨秋、田崎さんのブラームスを聴いた頃とは自分の状況もだいぶ変わった。今回はシューベルトの人生最後の大作ピアノ・ソナタを3曲まとめて弾くという凄まじいプログラム。人の生涯というものを思わずにいられない。

演奏会の余韻から一週間経っても脳内音楽は今なおシューベルト。耳に残る断片が脈絡なく流れ、不意に琴線に触れる。

ソナタ19番の4楽章に出てくるタッタタッタ、タッタタッタというリズムが、以前は同じくシューベルトの歌曲「魔王」(あれは三連符の連打だが)に似た馬の疾走に聞こえたのだが、今回の田崎さんの演奏を聴いていると、高熱にうなされたシューベルトが苦しい夢の中で踊りまくるダンスのように感じられた。あのコ(誰?)の肩を抱いてラッタタッタ、ヨットトットとステップを踏み、ふらつきながらぐるぐる回ってふと相手に目を遣ると、骸骨じゃないか!? 驚愕の転調の果てに「なんでこうなるんだよ!」という絶望と怒りが鍵盤に叩き付けられる。

20番の4楽章は、幼年時代を懐かしむような温かさに満ちている。ゲルマン的な正しさに溢れた善なるメロディは、昔どこかで聴いたような……ひょっとすると子どもの頃にデュッセルドルフの幼稚園で似たような歌を習ったのかもしれない。そういう童謡の元ネタが実はシューベルトの短い覚えやすいメロディであっても不思議はない。それとも、もっと古い時代の素朴な民謡がシューベルトの中で発酵したのかもしれない。しかし、そのシンプルなメロディは絶えず変容していくのであった。移ろいやすい人生のように。

21番の冒頭は、穏やかな悟りの境地。時折、死が遠くないことを告げる遠雷が轟くが、もはや怖れることはない。魂は既に天上に向かい、短い人生を振り返る。本源的な哀しみを抱えつつ喜びも与えてくれる人生は、短くても長くても、いずれ儚く消える。

天から降りてきたフレーズに、尽きることのないアイデアを加えて、ああでもないこうでもないとシミュレーションを続ける繰り返し。若くして老いてしまったような嘆きのワルツ。途中から始まってあちこちに飛ぶような曲想。そして、唐突な終わり。

田崎さんご自身によるプログラムノートにはこう記されている。

「いつ、どこに運ばれていくかわからない転調。光と闇の間を自由に果てしなく、はかなくさまようその魂は、私をまったく無防備にする。あたたかく抱かれながらも、不安とおののきがおそうのだ。」

遺作となった3つのピアノ・ソナタが完成したのは1828年シューベルトの死の数カ月前だった。初演されたのはいずれもその10年ほど後だったという。シューベルト自身もピアノの名手だったが、これらのソナタを自分で弾くことはおろか、他人の演奏としても一度も聴くことはなかったのだ。なんということだろう。すべては天から降りて来た旋律に着想を得て自分の脳内を駆け巡る展開を追いかけ、苦しい死の床で五線紙に書きつけておいた音の調べである。

「死とひきかえに遺していった音符のひと粒ひと粒を、私も残りの1分1秒をもって感じ取り、生きた音楽に吹き返らせる努力をしたいと思う」と田崎さんは綴っておられる。

そしてその通り、田崎さんの演奏は演奏家としての名声など超越して作曲家に捧げ尽くされる。限りなくやわらかいタッチにも、高音のきらめきにも、全身で決然と叩き込む和音にも、おのずと腕が振り上がる所作にも、「わたしってピアニストなんです」というあざとさやナルシシズムが一切ない。ただそこに200年も前にシューベルトが書き遺した音楽の素晴らしさが立ち現れてくる。

そこで私は理解するのだ。わざわざ演奏会に行こうと思うのは、超絶技巧をミスなく成功させるのを目撃するためでは断じてないと。今日の田崎さんが甦らせようとしているシューベルトの音楽のイデアのようなものを感じ取り、たった今生まれた奇跡の響きを受け取りたいからなのだ。東京文化会館小ホールの巨大な洞窟のような空間でそんな秘儀が執り行われた。

できるだろうか? あらゆる虚栄心も恐怖心も乗り越えて、無私の何かを生み出すことができるだろうか? シューベルトのように。田崎さんのように。

 

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