よろず編集後記

よろず編集者を目指す井内千穂のブログです。

アマチュア合唱団がプロオケと共演~東響コーラス30周年①

プロってなんだろう?アマチュアってなんだろう?とまだ考え続けている。

プロの東京交響楽団の専属合唱団である東響コーラスがアマチュアであると知った時は驚いたものだ。今回はこのやや特殊なアマチュア合唱団の30周年にあたり紹介することを提案し、4月21日付でジャパンタイムズに掲載になった。

www.japantimes.co.jp

オンライン版ではキーワード検索でよりヒットしやすくするために見出しが変えられるのはよくあることだが、元の紙面の見出しはこうだった。

Tokyo Symphony Chorus celebrates 30 years

そして副題は、Amateur choir members are proud to join top-class orchestra on stage

この2フレーズで、30周年を迎える東響コーラスを端的に言い表している。

金山茂人元楽団長によると、それまで東京交響楽団では合唱を必要とするプログラムの際には、「プロの合唱団に頼むのは財政上厳しく」外部の複数のアマチュア合唱団から「寄せ集めたメンバー」で合唱団を編成して演奏していたそうだ。専属の合唱団を作ってオケとしての演奏活動の可能性と多様性を拡大する目的で、1987年に東響コーラスが設立された。

基本方針は、

  • 団員のレベルのばらつきを防ぐために経験者を対象とする
  • 音楽だけに専念してもらうために団費、チケットノルマは一切なし
  • 音楽監督もスタッフも練習場もオケと全く同じ直属合唱団とする

というものだった。全日本合唱連盟のサイトによると、日本は「世界の中でも最も合唱が盛んな国の一つ」であり、「合唱団の数は、小・中・高校、大学、職場、おかあさんコーラス、一般と、あわせて数万に達します」とのことだが、プロのオーケストラの専属合唱団として、この基本方針を変えずに継続的なメンバーによる活動を30年も続け、アマチュアとは思えない演奏レベルの高さを維持・向上してきた例は珍しいという。

このたび、合唱団の練習を取材させていただき、団員の方々数人にお話を伺うことができた。

テノールS氏:もう定年を過ぎましたが、企業のSEとして働き始めた頃、会社と家の往復だけの生活に疑問を感じて、今で言う「サード・プレイス」を求めたんですね。それが私の場合は合唱だったんです。元々音楽を聴くのは好きでした。大阪で大フィルの合唱団などに参加して数年後に東京に転勤になり、91年に東響コーラスに入団しました。

仕事との両立は大変でしたね。夜勤の時など、合唱の練習の後でみんなは飲み会に行くけれど自分は出勤ということもありましたし。練習時間に間に合うようにできるだけ仕事を効率化しました。残業しないで仕事を早くすませる働き方は、私の世代では珍しかったかもしれませんが、ある意味、時代を先取りしていたのではないかと思います。

入団のためにオーディションがあり、毎回の演奏会に出演するにもオーディションがあるのは、メンバーにとってなかなかシビアな環境だが、S氏によると、メンバー同士でオーディションに向けて自主練をやったり、団内の雰囲気は決して悪くないそうだ。

もう9年も前のことだが、東響が演奏会形式でジョン・アダムズのオペラ「フラワリング・ツリー」を演奏した時、東響コーラスが全曲暗譜で歌っているのを見て驚いた。金山元楽団長の言い方では「プロの合唱団なら楽譜を少し見ればさらっと歌えるけれど、アマチュアの場合は暗譜するぐらいに練習しないとちゃんと歌えない」ということだが、それにしてもよくまあ全部覚えられるものだと感服する。

テノールT氏:でも、暗譜が凄いというところばかりを強調されたくないんです。暗譜が目的ではなくて、暗譜してしまうぐらい時間をかけて練習を重ねて音楽を表現するっていうところが大事なんです。私は元々は東響の定期会員でした。あるとき、プログラムに「『グレの歌』の団員募集」という案内があったのを見て応募しました。自営業なのでスケジュールは比較的コントロールできます。とにかく、プロのオケと常に共演できる最高の環境です!

専属合唱団だがプロではなく、あくまでもアマチュアなので合唱団員がギャラをもらうわけではない。

バスⅠ氏:しかし、東響と同じステージに立つ以上、プロ並みのレベルが要求されます。お客様はプロのオーケストラの演奏会を聴きにきているわけですからね。

常にプロのオーケストラと共演するおかげで、アマチュアだとなかなか歌う機会がない曲など、新しいことに挑戦できるのが恵まれたところだと思います。

オケの直属の合唱団であるが、コーラス委員やパートリーダーを中心にする合唱団の自主運営もしっかりしていて、I氏は、サラリーマン生活の傍ら、かつて15年もの長い年月コーラス委員長を務めた。 

団員の方々のコメントに感銘を受けながら、アマチュアとしてこれだけの時間と情熱を注ぐ演奏活動について書き進めていたところ、編集過程のやり取りでもらった担当エディターからのメールが興味深かった。
 
「ボランティアで歌うことを厭わないこのアマチュア団体の考え方はわかる。でも個人的には、こういったサービスは無料で提供されるべきではないと思う。『書く』場合にも同じようなことがあって、僕も誰かに無料で新聞に記事を書いてもらうことがある。その人にとってはたとえ原稿料なしでも自分の記事が掲載されるのは露出の機会だしPRになるからね。でも、本来『書く』こと自体は有料であるべきだと思う。そして、『歌う』こともそうなんじゃないかな。たとえわずかな料金でもね。だって、彼らの合唱もコンサートの一部であって、それによって東響は収入を得ているわけだろう?いや、僕の個人的な意見だけどね。」(←原文は英語)
余談だがこれを読んで、「書く」ことによってお金をいただくことの重みを改めて考えさせられたのであった。
 

アルトMさん:日常の多くの時間が仕事や家事に費やされ、音楽と向き合う時間は限られてしまいますが、その分、一期一会の舞台に傾ける情熱は濃密なものとなります。

 一つの演奏会を終えると燃え尽きたようになりますが、さらなる高みを目指して、また山の麓に来てしまう。自ら進んで、その情熱へとひた走ることができるのはアマチュアの特権かもしれません。音楽を職業としていないからこそ、自由に音楽を楽しむことができるからです。
 
うーん。やはりメンバーにとっては歌うことは純粋に喜びなんだな・・・お金ではなく。ただ、通常のアマチュア団体なら当然ある団費や自主演奏会のコストを支えるための出演料(ギャラではなく自分がお金を払って出演する)やチケットノルマが不要というところで、団員の経済的負担がない上に練習場や指導者にも恵まれた合唱団なのだ。ギャラという形ではないにせよ、プロのオーケストラが全面的に費用を負担している合唱団であることは間違いない。コストを徴収する代わりにギャラを払うという考え方もありうるかもしれないが・・煩雑になるだけかな?
 
ソプラノHさん:いったんステージに立てば、プロだろうがアマチュアだろうが違いはありません。聴いてくださるお客様のためにベストを尽くすだけです。
 
かつて学んだライタースクールでは、「自分のために書くのは日記。プロは読者のために書く」と徹底的に叩き込まれた。そう考えると、プロオケとの共演において聴衆のためにハイレベルの合唱を聴かせる東響コーラスの姿勢はプロである。もちろん、音楽の専門教育を受けたかどうかによる技術的な問題はあるけれど、音大を出ればプロというわけでもないと思うし、音楽だけで食べて行けることがプロなのか?というところも難しく、プロとアマチュアの境界をまだ考え続けてしまう。(続く)
 
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 東響コーラス練習風景 (井内撮影)