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よろず編集後記

よろず編集者を目指す井内千穂のブログです。

ヨーヨー・マ&シルクロード・アンサンブル③  シリアのクラリネット奏者

創設者ヨーヨー・マのほか20人のコア・メンバーにゲスト・パフォーマーなども加わるシルクロード・アンサンブル。世界各国から集まったアーティストたちはみな素晴らしく、一人一人深く掘り下げれば本が何冊も書けそうですが、今回の記事を書くにあたり、新聞紙面という限られたスペースに、どういう観点でどのアーティストにインタビューするか? 悩ましいところでした。

ドキュメンタリー映画「ヨーヨー・マと旅するシルクロード」(The Music of Strangers)でも誰をクローズアップするかさまざまな可能性があったはずですが、ヨーヨー・マのほか4人のアーティストに 焦点を当てています。イラン伝統のケマンチェ奏者ケイハン・カルホール、中国琵琶のウー・マン、スペイン・ガリシア地方伝統バグパイプのクリスティーナ・パト、そして、シリアのクラリネット奏者キナン・アズメです。

紙面の担当エディターに相談したら、「ジャパンタイムズで紹介するのだから、やはりJapanese angleが必要で、日本人メンバー2人は外せない、それに加えて映画の主要人物は良いけれど4人全員だと多すぎてまとまらないから、あと1人ぐらいかな」という返信があり・・・ここで彼は私が送った資料の中からこの記事を読んだのか、「このシリア人の話が興味深いのではないか」と推してきました。時節柄もありますね。

www.straitstimes.com

こうして、ニューヨーク在住のシリア人クラリネット奏者キナン・アズメ氏に、やはりビデオチャットでインタビューする運びになりました。

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Ensemble | Artists | Kinan Azmeh | SILKROAD

シルクロード・オフィスの紹介でご本人と連絡を取り、アポが取れたニューヨークの午後1時は日本時間午前3時。ほとんど夜明け前ですが、約束の時間が近づくにつれてドキドキ、テンションが上がります。今回は英語でインタビューということもあり、質問は事前にかなり作文しておいたものの、話の流れでとっさに聞きたいことも出てきます。自分が必死でしゃべっているところを後から録音で聞くとあまりにブロークンで落ち込みますが、キナンさんは「いい質問だね」と言って、丁寧に答えてくださる優しい人でした。彼の言葉をぜひお伝えしたいと思います。

今回の映画について

モーガン・ネヴィルは素晴らしい監督で、私は彼の大ファンです。製作チームは、何年もかけて私たちにこっそりついて回っていたようで、ごく自然にその時に感じたままを答えるという感じの撮影でした。」

「映画を通して、仲間についていろいろ知ったことは私たちにとって重要なプロセスでした。自分が映画の5人のキャラクターの1人であるのが光栄なのは言うまでもありませんが、ケイハン、ウー・マン、クリスティーナやヨーヨーの私的な場面もたくさん入っていて、そうでもなければ知らなかったであろう話を見ることができました。でも、みなさんにお伝えしたいのは、この映画だけがシルクロード・アンサンブルのすべてではないということです。もっとたくさんのメンバーがいますし、一人一人にストーリーがあるのです。」

洋の東西

1976年ダマスカスで生まれたキナンさんは6歳からクラリネットを始め、1997年にモスクワで開催されたニコライ・ルビンシュタイン・国際ユースコンクールでアラブ圏の演奏家として初めて優勝しました。2001年ニューヨークに渡りジュリアード音楽院でさらに研鑚を積み、ソリストとしてニューヨークフィルやバイエルン放送交響楽団などのオーケストラと共演するほか、 ピアノとのデュオ、Kinan Azmeh CityBand、アラブ人音楽家による室内楽、アラブ楽器とのコラボなど、多彩な活動を展開中です。

「2011年に、作曲家のデヴィッド・ブルースから『シルクロード・アンサンブルに参加しないか』というメールが来ました。もちろん断るはずがありません。それまでにも異文化交流のコラボはいろいろとやっていましたが、とにかく、ヨーヨー・マのような音楽家と共演するなんて夢のようなことです。」

シルクロード・アンサンブルは、“家族”のような音楽家たちが広がり続ける凄いグループです。オーディションのシステムはなく、メンバー同士が引きつけ合うのです。」

「(ジャンルを問わずさまざまな音楽活動をしていますが)私は音楽をミックスしているつもりはありません。あらゆる音楽を結びつける大きなarc(弧)のようなものがあると思っています。これまで人類は絶えず相互交流してきました。何か“純粋”なものがあるわけではなく、世界中のすべての音楽の伝統は異なる文化の交流の結果だと思います。それが自分の音楽活動でもシルクロード・アンサンブルでもやりたいと思っていることです。」

どちらかと言えばアラブの伝統楽器のほうが盛んだった80年代のシリアで、子どもにクラシック音楽を学ばせようと思った両親のおかげで、幼少期から西洋音楽を学んだキナンさんですが、「西洋音楽」という言葉を使いたくないと言います。

「音楽を地理的に考え始めた瞬間に失われるものが多いと思います。私はクラシック音楽を学びましたが、私にとって、それは西洋だけの作品ではありません。ブラームスモーツァルトを演奏するとき、そういう作品はすべての人類に帰属する文化遺産だと思っています。同じように、日本の伝統音楽もシリアの音楽もすべての人類に帰属する文化遺産です。」

クラリネットという楽器の可能性

「音楽をこのように考えると、楽器というのは手段にすぎず、目的ではありません。しかし、良いアーティストになるためには、次の3つが必要です。

  • 自分が言いたい何か、伝えたいアイデア
  • 言いたいことを言うための道具としての楽器。私の場合はクラリネット
  • 言いたいことを言うための道具である楽器を使いこなすスキル

自分の言いたいことがわかっていて、それを言うための道具としての楽器を使いこなせたら、どんな楽器であっても表現することはできます。」

「加えて、クラリネットは人の声に非常に似ています。少なくとも私はそう感じます。ダイナミック・レンジ(音量の差)が大きく、また、レジスターキーがあって音域が広いので、とてもフレキシブルなのです。」

即興について

今回のグラミー賞受賞アルバム「Sing Me Home」のライナーノートの中に、キナンさん作曲の「ウェディング」について、ご本人による興味深い文章がありました。

・・・この組曲では作曲とインプロヴィゼーションの境界線を曖昧にしようとしている。最高の作曲された音楽は自然発生した即興音楽のように聞こえ、最高の即興音楽は構造があり作曲されたように聞こえるものだと私は考えているのだ。・・・

どういうことなのでしょうかと尋ねてみました。

「即興はごく自然に為されるべきことだと思います。なぜなら、私たちはいつだって即興しているからです。人生は即興の連続です。今こうして話している会話だって即興でしょ?かつて即興は音楽を作る重要な要素でした。それについて考えたいと思っています。」

「私は音楽家です。私はクラリネット吹きではなく、作曲家でもなく、即興演奏家でもありません。ただ、そういったことすべてをやろうと試みる音楽家なのです。」

「(即興するには)失敗する勇気も必要だと思います。そして、脳の中の違う場所を使うんです。」

ヨーヨー・マがバッハの無伴奏チェロ組曲を演奏するのを見ると、彼がそれらの曲を作曲したのではないとは、私には信じられない思いです。そして、彼が即興で弾いているのではないとも信じられません。もちろん、すべては楽譜の音符に書かれているわけですが、本当によく理解していることはその人の一部となり、まるで即興で演奏しているように見えるのです。」

シリアの難民キャンプを訪ねて

しばらく音楽談義を続けてから、意を決して(でもおずおずと)「やはり触れないわけには行かないので・・気に障る言い方があったら許してください」と今のシリアについてお聞きしてみました。

「2011年の“アラブの春”を受けて、シリア国内でも自由を求める気運が高まりました。しかし、人々に対して政府は銃弾をもって応えたのです。それから6年経って、50万人もの人々がそのために命を落とし、人口の半分が祖国を追われました。いつもそのことについて考え続けています。私がシリア人だからということだけが理由ではありません。それはシリア人だけでなく、人類すべてにとって共通の悲劇だからです。」

 「人間の悲劇を考える時、“数”ではなく一人一人の“人”で見ることが大事だと思います。シリアには2400万人の人々が暮らしていましたが、その半分に当たる1200万人近くが家を離れなければなりませんでした。これはどういうことか言うと、このことによって人生が大きく揺らいだ1200万ものストーリーがあるということなのです。」

映画の中では「状況は私が音楽で表現できることを超えており、しばらくは何も作曲できなかった」と涙をこらえるキナンさんの痛々しいシーンがありました。少しでも何かできることを・・と支援のためのチャリティコンサートをヨーロッパ、レバノン、ヨルダンなど各地で開催してきたキナンさんは、ヨルダンにあるシリア難民キャンプにも足を運びました。

「キャンプの中に入る時は緊張しました。どんなに大変な状況かわかっているからです。実際、中に入ってその状況を見るとさらに信じがたい思いでした。しかし、それと同時に、子どもたちと座って一緒に音楽を演奏していると心を揺さぶられました。子どもたちの笑い方、話し方・・・彼らは突然無理やり大人にならなければならなかった子どもたちなのです。だから、子どもたちの本当の仕事は遊ぶことだと世界の人々に思い出してもらいたいと思いました。私はそこで彼らと一緒に音楽をやりました。音楽っていいなと思ってもらえるように、ほんの少し音楽を教えたのですが、逆に自分のほうがものすごく心を動かされました。子どもたちがどんなに力強いか、そして、どんなに繊細か、とてもとても心を揺さぶられます。」

「自分のクラリネットが、銃弾を止めることができないことはわかっています。自分のクラリネットが難民の人々を家に帰らせてあげることができないこともわかっています。自分のクラリネットが空から爆弾が落ちてくるのを止めることができないこともわかっています。・・・しかし、音楽は誰かを笑顔にすることができます。音楽は誰かが前向きになれるよう、心に働きかけることができるのです。」

キナンさんの話を聞きながら、私は現地へ行けるわけでもなく、こんなことしかできなくて、それにどれほどの意味があるだろうかと思いました。その無力感を口にすると、キナンさんは「今こうやって話をしてそれを多くの人たちに伝えることはgreat jobだよ」と言いました。インタビュー相手に励ましてもらうなんておかしな話ですが、泣きそうになりながら辛うじて答えました。「ありがとう。精いっぱい書きます。」

「音楽は自由の芸術。音楽を演奏するのは自由を表現することです。だから私は音楽をやっています。それは、人々が自由を表現したいと願う多くの場合に抑圧されるということを私に思い出させます。だから、私は(自由を表現するために)音楽を演奏するのです。自由な人間であるのはとても大事なことです。なぜなら、それは人から人へ広がり、ほかの人にも自由な精神を求める気持ちを引き起こすからです。」 (続く)