よろず編集後記

よろず編集者を目指す井内千穂のブログです。

ヨーヨー・マとシルクロード・アンサンブル④ 21世紀の尺八

3月3日付The Japan Times掲載のシルクロード・アンサンブルの記事のかなり長々しくなってしまった編集後記その4です。(いつのまにかもう4月ですが)

アンサンブルのメンバーへのビデオ・インタビュー。3人目はもう一人の日本人アーティスト、尺八奏者の梅崎康二郎さんでした。

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Ensemble | Artists | Kojiro Umezaki | SILKROAD

梅崎さんは尺八奏者として演奏活動のかたわら、カリフォルニア大学アーバイン校(UCI)で音楽の准教授として研究と指導にもあたっておられます。忙しいスケジュールの中、ロサンゼルス午後5時半(日本時間午前10時半)にFacebookでインタビューできる場所ということで、大学の研究室からお話いただきました。

まずは、グラミー賞受賞のことを。地元ロサンゼルスで行われる授賞式に梅崎さんも出席しました。

「前回(シルクロード・アンサンブルが)ノミネートされた2012年は僕一人で授賞式に出席したんです。その時は残念ながら受賞を逃し、一人寂しく帰りました(笑)。今回はメンバー7人と一緒に授賞式をエンジョイできてよかったですよ。今回の受賞にはとても意味があると思います。なぜなら、受賞アルバム『Sing Me Home』は、あらゆるものの見方を祝福し合おうという趣旨のアルバムだからです。それは今、私たちが本当に必要としていることです。」

お父さんが九州男児、お母さんはデンマーク人という梅崎さんは東京生まれの東京育ち。高校卒業までアメリカンスクール(ASIJ)に通いました。尺八は16歳で始め、先生はなんとアメリカ人。長年日本で暮らし、ASIJで合唱を教えていたDonald Berger先生は、琴古流尺八奏者で人間国宝の故・山口五郎先生に師事。尺八について英語で、"The Shakuhachi and the Kinko Ryu Notation"という先駆的な本も書かれました。Don先生は、梅崎さんが小学生の頃から学校の活動でフルートを吹いているのを知っていて「尺八をやってみないか」と勧めたそうです。

「なんちゅうんですか、16歳の高校生だと、あの当時だったらエレキギターとかキーボードとかに凝ってた若者が多かったでしょ? 尺八なんか吹くような(笑)若者っていませんでしよね。やっぱりその、母がデンマーク人で父が日本人(という国際結婚家庭)だと、自分のアイデンティティは何なんだ?という追求がモチベーションになったんじゃないですかね。今考えてみるとそういう感じです。」

「日本の公立の学校ではなく、インターナショナルスクールという"安全な場所"だったからこそ、ハーフとして日本の伝統芸を安心して追求できたのかもしれません。」

アメリカンスクールの多くの生徒たち同様、アメリカの大学に進学した梅崎さんはコンピューター・サイエンスを専攻しました。さらにダートマス大学の大学院で学んでいた頃、ご縁があった民族音楽学者のTheodore Levin先生から、結成間もないシルクロード・アンサンブルのコンサートに向けて、チェロと尺八の曲をやってみないかという依頼の電話がかかってきたそうです。

「じゃあチェロ奏者は誰ですか?って聞いたみたら、ヨーヨー・マだって言うのでびっくりしましたね。あの夏はもうずーっとあの曲(日本の現代作曲家 間宮芳生のチェロと尺八のためのデュオ)を練習してました。」

2001年にシルクロード・アンサンブルは初めての海外ツアーに出かけ、8月にはドイツの「シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭」に参加しました。始めたばかりの頃は続くかどうかわからない短期的なプロジェクトだったのですが、間もなく9.11同時多発テロ事件が起き、事態に対して深く悩んだことが映画にも出てきます。

「敵国同士にもなっている多様なメンバーが一緒に演奏するこのプロジェクトをやっぱり続けていく意味があるんじゃないかという結論になりました。」

世界各国の伝統楽器を含む様々な楽器の奏者が集まるアンサンブルで、梅崎さんは日本の尺八を吹いています。

「何百年もの歴史を持つ尺八ですが、明治以降は即興演奏は限られています。僕の場合、流派から離れて尺八を続けているんで、もう“流なし”なんです。だから自由があるんですけど。尺八の(最近の)歴史の中には伴奏として吹くということがなかったので、こういうアンサンブルの中で演奏してみると音量が小さいんです。と言って一人で静かに吹いちゃうとこのアンサンブルの中では全然意味がない(笑)。全然聴こえないから。だからこういうコンテクストの中ではやっぱりもうちょっと音を出さないとダメですね。そうなると尺八の基本として息の吹き込み方も、普通の伝統的な尺八の吹き方とは離れてしまうんですよ。もう少し強く音を出していくわけです。そうしないとほかの楽器と合わせるのが難しくなってしまうので。ちょっと違った音色が出てくるような感覚があります。」

シルクロード・アンサンブルで活躍する尺八は、今回インタビューしたシリアのクラリネット奏者キナン・アズメさんが作曲し、グラミー賞受賞アルバム「Sing Me Home」に収録されている「Wedding」でも実に印象的な音色を聴かせてくれます。アズメさんは「尺八からは風の音が聴こえる」と表現した上で、「でも、尺八という楽器だけでは考えられない。尺八を吹く奏者のKo(康二郎さんのこと)を抜きにしては」と言いました。

chihoyorozu.hatenablog.com

異なる文化的背景を持つ奏者たちがコラボするためにどういうことが必要だと思いますかという質問に対して、梅崎さんは、たとえすべての楽器にとってベストではないとしても、実用的な意味で、なんらかの共通の楽譜を使うことが有用だと述べる一方、「ほかのメンバーはこれを強調することをどう思うかわかりませんが」と前置きしてからこう言いました。

「異なる伝統、異なる音楽システム、異なる聴き方をする者同士が共演するというこの種の音楽作りでは、耳で音を聴くだけでなく、あらゆる感覚を動員して他者がやっていることを感じ取ることが有効だと思います。たとえば、(スペインのガリシア地方のバグパイプ奏者である)クリスティーナが吹きながら身体を動かしているのを見ると、僕はその動きに合わせて自分も自然に身体を動かします。そうすると、身体ごと共感し、彼女からどのように音楽が生み出されているのかをもっとよく感じ取ることができるのです。それは集団での音楽作りを強化するのを助けてくれると思います。聴衆のみなさんもステージ上で、クラシック音楽のコンサートよりももっとたくさんの動きをご覧になることでしょう。なぜなら、僕たちは“総合的に”コミュニケーションを取っているからです。それは、異なる音楽システムの間のギャップを埋める重要な方法だと思います。」

この記事の写真のような感じです。映画にもこういう力強いセッションが出てきてなかなかグッときます。「闘いのようですね」と言うと「いつも負けるんですけどね」と笑う梅崎さんでした。

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 カリフォルニア大学アーバイン校の准教授である梅崎さんは、学内のIntegrated Composition, Improvisation, and Technology (ICIT) groupのコアメンバーです。統合された作曲と即興とテクノロジー???「ちょっと長いですよね」と笑いながら説明してくれたところによると、これは従来の典型的な音楽学部なら分かれているジャズ系、クラシック系などの垣根を取り壊し、総合的な(integrated)音楽作りに集中して、2008年に設立された新しいグループとのことです。現在、さまざまな音楽を聴いて学んでテクノロジーも使って音楽作りをしているミュージシャンが活躍して成功していることから、大学としてもそのような実世界に対応し、21世紀にはどのように音楽作りがなされるかを研究していくということのようでした。

梅崎さんは尺八のような伝統ある楽器とコンピューター・サイエンスなどのテクノロジーをどのように考えているのでしょうか?

「尺八の場合、竹の管に5本の指のための穴が開いているだけという、とても窮屈で物理的に制約のあるシステムです。でも、その制約を受け容れて演奏し、その音色の可能性を追求して“永遠なるものの幻影”を創ることができたなら、それはすごく力強いことでしょう。コンピューターはその逆で、何でもやってくれて、そのシステムの中に"永遠なるもの”が存在し、その無限の可能性の中から何か特定の制約のあるものを作ります。この2つのパラドックスを統合することに強い興味を持っています。」

シルクロード・アンサンブルは科学者のラボのようなものだと思っているのですが、こういう最強のレベルで音楽を作れるのが、自分たちのほかのプロジェクトへの自信になりますね。」

21世紀の尺八奏者としてどういう音楽をやりたいのか?伝統とテクノロジー、異文化との交流というシルクロード・アンサンブルのコンセプトに深く関わりながら、梅崎さんの実験はなおも続きます。(あと1回だけ続く)