よろず編集後記

よろず編集者を目指す井内千穂のブログです。

ヨーヨー・マとシルクロード・アンサンブル⑤ ヨーヨー・マの言葉

3月3日付The Japan Times掲載のシルクロード・アンサンブルの記事。

www.japantimes.co.jp

記事本体よりずっと長くなってしまった編集後記の最終回です。

今回の記事化について、エディターからの条件は「ヨーヨー・マのコメントをもらうこと」でした。アンサンブルのメンバーで打楽器奏者の藤井はるかさんにSilkroad事務所の広報の方をご紹介いただいたおかげで、アーティスト達とのビデオ・インタビューなども実現したわけですが、さすがにヨーヨー・マ氏とは直接のインタビューではなく、事務所に質問を送って回答をいただくメールインタビューの形になりました。なんと言っても超多忙なスーパースター。「短めの質問3つまでならOK」ということでしたので、昔話の「3つの願い」のようなことにならないように知恵を絞って質問を考えました。締め切りに間に合うように回答をもらえるのだろうか?と少し不安でしたが、そこはきっちりした事務所です。締め切り当日の夕方(NY時間)、しっかりと長文のメールが届いたときは夢中で読みました。記事の中に最大限盛り込んだのは当然ですが、ここでは質問と共に全文を記録しておきます。原文が英語なので、日本語にするとちょっと硬くなりますが。

 

質問1:クラシック音楽チェリストとして既に名声を確立していたあなたが、2000年にシルクロードにゆかりのある異文化アンサンブルを立ち上げたのはどのような思いからだったのでしょうか?

私は長い年月を演奏旅行に費やしてきました。旅を通じてわかってきたことの一つは、世界がいかに速く変化しているかということでした。世界の変化のうちの一つは、地理的に遠く離れた人々が互いに影響を与え合うのが以前より目に見えるということです。人によっては「グローバリゼーション」と呼ぶ現象ですね。その頃、ある友人が私に興味深い話をしてくれました。グローバリゼーションは何も新しいことではない。人々はいつだってお互いのことを知り、お互いに影響を与え合ってきた。ただ、以前はそれがもう少しゆっくりのペースだったと。そして、歴史的な交易路シルクロードはその偉大な例だと。その言葉に触発されたことも、現在の「シルクロード」プロジェクトとアンサンブルを始めたきっかけです。グローバリゼーションに恐怖心をもって反応している人たちをたくさん見てきましたからね。そういう人たちにも、つながり合った世界に生きることの恩恵を感じてもらいたいと思ったのです。

 

質問2:伝統を守り、かつ、文化を進化させるために音楽にできることはなんでしょうか?その方法をどのように探求してこられましたか?

シルクロード・アンサンブルのメンバーである友人たちはもう聞き飽きたと思いますが、思い出してもらうように絶えず私が言ってるのは、伝統というものはみなイノベーションの成功の結果であるということです。これは私たちが「シルクロード」の活動として行っているあらゆることの基本理念です。私が言っていることは、シルクロード・アンサンブルが昨年リリースしたアルバム「Sing Me Home」でも聴いていただけることでしょう。「Sing Me Home」は、アンサンブルのメンバーがふるさとと呼ぶいくつかの場所の伝統的な音を聞かせてみせるだけではありません。それらの伝統と、今回の例で言えば、西アフリカ、南アジア、南米といった全く異なる場所から来たすばらしいアーティストたちが発する他の文化とが結合して一緒になっていくプロセスでもあるのです。

http://www.yo-yoma.com/sounds-symphonies-archive/sing-me-home/

このプロセスは、互いに心を開くこと、信頼、共感に基づいています。シルクロードの活動を始めた頃、ある日本人男性が言ったことが私の心に残っています。「何かローカルなものを深く見つめれば、グローバルなものが見えてくる」と彼は言いました。このことは、シルクロード・アンサンブルがやっていることの中心にあると思います。私たちはいつもローカルなものの中にグローバルなものを探し求めています。ほかの誰かにとって大切なものを理解しようと努め、私たちに共通なものを探そうとしているのです。

 

質問3:今日のグローバル社会において、音楽家が果たしうる役割をどのように考えておられますか?

これは前の質問にも関連することです。シルクロードのプロジェクトはシンプルな信念に基づいています。21世紀のアーティストとして、私たちはみな伝統の達人であるとともにイノベーションの名人でもあるべきだという信念です。そして私たちは、心を開くこと、共感すること、協力し合うことなど、芸術によって表現される普遍的な価値を、私たちの時代に合った新しいやり方で世の中に生かしていくことができるに違いないのです。 

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 今回のドキュメンタリー映画ヨーヨー・マと旅するシルクロード」(原題:The Music of Strangers)の中にもヨーヨー・マへのインタビューは随所に出てきます。

映画「ヨーヨーマと旅するシルクロード」オフィシャルサイト

5歳でデビューした天才少年ヨーヨーのあどけないお宝映像や、「自分がやっていることに何の意味があるのか?」と自問した若き日々のことなど、その演奏を聴くだけでは窺い知れない悩みと心の変遷が描かれており見応えがあります。特に印象的だったのは、ヨーヨー・マが弾くチェロと黒人ダンサーのコラボによるサンサーンスの「白鳥」。全身の見事な動きで表現される白鳥は、生きていることの本質のような姿で迫り、チェロの旋律と相俟って心を揺さぶられます。

それぞれの豊かな文化遺産に敬意をはらい、違いに興味を持って互いから学び、何か共通点を発見し、異なる文化を融合させて新しい文化を創る。こんな素晴らしいことはないと思います。それぞれの祖国の悲劇、それぞれの人生の苦悩を乗り越えて、一緒に音楽を奏でることができる。ヨーヨー・マシルクロード・アンサンブルの仲間たちの屈託のない笑顔と真剣なセッションが全力で伝えてくれます。(完)

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